「西洋医学は万能とは言い切れない。現代医療に対する反論も盛り込んだ」

時代小説を生み出す書き手は、それとどのように向き合い、どんなことを考えながら書いているのか。68歳で時代小説に挑戦した作家の思いとは。

根津潤太郎(ねづ・じゅんたろう) 昭和27年生まれ。医学博士。本名の米山公啓名義で医学ミステリや医療実用書などを手掛ける。昨年、初の時代小説『看取り医 独庵』を刊行し2021年啓文堂書店時代小説文庫大賞を受賞。
『看取り医 独庵』根津潤太郎著 小学館時代小説文庫

──現役医師が時代小説を手掛けたと話題です。

「お陰様で『看取り医 独庵』の第3弾を今年3月に上梓しました。現在、4冊目に向けて構想を練っているところです。これまで、医学実用書、エッセイ、医療ミステリ……とさまざまなジャンルを手掛けてきましたが、時代小説を書くのは68歳にして初めての挑戦でした」

──なぜ時代小説を書こうと。

「これまで書いてきた医療ミステリは、SF的要素が強いものばかりでした。時代小説も山本周五郎の『赤ひげ診療譚』や池波正太郎の『鬼平犯科帳』を読んでいた程度で、読者としてもそこまで詳しいわけではありませんでした。2年前だったと思いますが、知り合いの編集者から届いた年賀状に、“時代小説に興味はありませんか”と書いてあったんです。そこですぐに“興味があります”と返事を出しました」

──このやりとりが始まりに。

「チャンスは逃さない。これを信条にしていますので、興味があるかと尋ねられれば、あると即答します。これまでもそうやって来ました。ですが、いざ時代小説に挑んでみると、これが一筋縄ではいきませんでした」

──どういうことでしょう?

「『看取り医 独庵』は宝暦10年(1760)を起点としています。この10数年後、前野良沢や杉田玄白らによって、ようやく『解体新書』が翻訳出版されます。それまでの東洋医学に、蘭学が入ってきた時代です。専門の医療に関しては、これまでも医学史を調べたりしていましたので、ある程度わかっていました」

──医師だからこそ、書ける。

「しかし、医師の専門知識だけでは、時代小説は書けません。例えばこの当時、何を着ているか。何を食べているか。季節感をどう表現するか。そういうことを把握しなければ先に進まない。他にも、主人公の独庵こと壬生玄宗をどの町のどんな家に住まわせるか、など、そんなところからあれこれ悩みました」

──時代小説は制限が多い。

「本当に制限だらけですね(笑)。言葉遣いもそうで、編集者から随分、指摘を受けて書き直しました。いまだかつて、ここまで時間をかけた本はありません。丸1年くらいですかね。正直、何度も弱音を吐きましたが、68歳にして、こうした難しい課題をもらっていることを、ありがたく思いました。簡単ではないからこそ、挑戦のしがいがあるともいえますしね」

江戸の医療を取り上げた理由

──1作目には、コロナ問題を想起させる話(「はやり風邪(春)」)もありました。

「もし江戸時代なら、どうやって感染症を防いだのだろうか。そんな問いを持ち込んでみました。我ながら見事だったと思います。実は、現代の西洋医学は万能かというと、そうとも言い切れないのです。江戸時代の主流だった東洋医学のほうが優れている部分もたくさんあります」

──シリーズ第3弾『隅田桜』では、白内障の治療が描かれました。

「これは実話を基にしています。小説に登場する眼医者・破風元代のモデルは、実在した名医・土生玄碩です。日本で初めて眼球の解剖を伴う、白内障手術を行なっています。江戸時代の医療は、私たちが想像する以上に、進んでいたのです」

──医師ならではの視点です。

「江戸の医療を取り上げたのには、もうひとつ理由があります。現代医療は、患者を診る前にMRI(画像診断装置)で検査するのが当たり前。下手すると、数字やデータしか見ない医師もいる。でも、江戸のように患者を目で診る、触って確かめる、ということこそ大事なんじゃないか。そんな現代医療に対する反論も盛り込みました」

──独庵の総髪も意外でした。

「この時代、医師は剃髪にすることが多いのですが、この頃から幕末にかけて総髪も増えてきます。浪人風の見た目なのに、腕は確か。こうした新しい江戸の医者像を描こうという試みでした」

5代将軍・徳川綱吉の代の風俗事典『人倫訓蒙図彙』(国立国会図書館蔵)に描かれた医師(内科医)。当時の医師は僧体が多かった。

「脳が変わることを証明したい。私の目標は武者小路実篤です」

──独庵が、馬庭念流の遣い手で剣の達人という設定も斬新でした。

「昭和の『ゴジラ』は、平成になって『シン・ゴジラ』として新しく蘇りました。令和には『シン・ウルトラマン』や『シン・仮面ライダー』も登場しました。ならば、まったく新しい時代小説、『シン・時代小説』があってもいいんじゃないか。独庵のキャラクターに、そういう意図も込めています」

──新しい時代小説とは。

「人情とか、物語性とか、そういう時代小説のお約束を重視するのではなく、あくまでテンポよく、と考えています。上質な現代のドラマに通じる展開のスピードで、ページをめくる手が止まらないような、新しい時代小説を生み出していきたい」

65歳からピアノを始めた

日曜大工に絵画にと趣味も多彩。65歳からピアノを習い始め、せっかくだからとスタインウェイのグランドピアノを購入した。

──意気軒昂ですね。

「これまで脳に関する本を何冊も書いていますが、人の脳というのは、何歳になっても変わり続けるんです。だから“もう年だから”と諦めずに、やりたいことにどんどん挑戦したほうが、脳にとっても非常にいい。さらにいうなら、これまでやってこなかったことを試みるのはもっといい。私がピアノを始めたのなんて、65歳ですしね。時代小説を書き始めたのは68歳からですし。“脳は変わり続ける”ということを、身を以て証明しようというわけです」

自宅書架に並べられた米山公啓名義の本の数々。年間10冊のペースで書き続け、現在までに300冊以上を上梓している。

──今年、70歳になりました。

「武者小路実篤という作家がいますが、彼は90歳まで長生きしました。最後の小説は『或る老画家』という短編ですが、これは86歳の時の作品です。89歳の時には、油彩の作品を完成させています。年齢を感じさせず、いつまでも新しい作品を生み出し続けるその姿勢に、頭が下がります。私の目標は、武者小路実篤ですね」

──次回作も楽しみです。

「1作目にかけた時間は1年、2作目は半年、3作目は2か月、と創作ペースがあがっています。期待してお待ちください」

根津さんの本業は神経内科医。現在も週5日、自宅近くのクリニック「米山医院」で患者の診療を続けている。

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『サライ』7月号の大特集は「『時代小説』は生涯の友」。来年、生誕100年を迎える「司馬遼太郎」と「池波正太郎」。作品の舞台をご紹介するほか、日々刊行される多様なジャンルの中から、いい作品に巡り会う極意を有識者に聞きます。

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※この記事は『サライ』本誌2022年7月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。

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