「趣味は肉体改造」介護で気づいた大切なこと
──舞台は、稽古期間も含めると、2か月以上は作品に没頭し、公演が始まれば、毎日2時間以上出ずっぱりになります。体力と持久力が求められそうですが、舞台のために何かしていることはありますか?
特に行っていることはありません。私はここ数年、心身の鍛錬や肉体改造が趣味みたいなもので、常に何かをしており、体力も気力も十分にあります。ただ、若い頃と異なるのは、記憶力。昔は台本を見るとすぐに覚えられたのですが、今は自信が持てません。
今、舞台のために行っているのは、心を舞台の方向に添わせること。稽古に入る直前まで、新型コロナウィルスの感染拡大を受け、前の仕事がなだれ込むなどして、忙しい毎日を過ごしていましたから、心は常に舞台に添わせるようにしていました。
──その「肉体改造」を始めたきっかけについて教えてください。
40歳の手前で始めた登山は体力づくりのきっかけでした。肉体との対話に目覚めたばかりで大きな契機となったのは、50代半ばに始まり、13年間続いた母の介護です。
──市毛さんのお母様は2004年と2005年に脳梗塞を発症し、一時は寝たきりも心配されたとか。2016年にお母様が100歳で亡くなるまで、介護は続いたと伺っています。
介護は孤独で社会から隔絶されたような気持ちになってしまいます。大好きな登山もできず、気持ちもどんどん内にこもってしまう。家の中で母と過ごし、思うように仕事もできず、使える時間も限られて落ち込んでいると体も柔軟性を失い、足の上に体が乗っていないような感覚になってしまうんですね。
あるとき、家の近くで「ボイストレーニング」という看板を発見。俳優の仕事にも役立ちますので、母がデイサービスに行っている間にレッスンを受けようと門を叩いたら、なんとカラオケ教室のようなところだったんです(笑)。歌を歌うつもりはないのに、「好きな歌を歌ってください」と言われて、とまどいながらも短い時間だし、とにかく声を鍛えようと続けることにしました。
声を出すということは、声帯のみならず全身の筋肉を使うことを実感し、筋トレでもしようと考えていたら、親しい友達が「筋トレを一人でやるよりは、ダンスがいいわよ」と誘ってくれたんです。特にそのつもりもなかったのですが、体験レッスンを受けました。「どうしようかな」と迷っていたら「今日なら入会金が無料です」と言われ、「それならば」と入会。実際に社交ダンスを始めると、筋肉を使い、体が鍛えられていくことがわかりました。
そんなあるとき、街で偶然出会った友人から、近所のマッサージサロンの存在を知ったのです。そこはその友人が、わざわざ遠方から通うほどなので、私も行ってみることに。
初回の施術で先生から「普通の人はもう少し楽な体で生きてますよ」と言われたんです。その頃の私の体はアンバランスな筋肉と、心身の疲労で悲鳴を上げていたようです。介護をしていると、自分のことはおろそかになってしまいますからね。母に食事を食べさせて、自分は食べ忘れていることもありましたから。先生はそんな私に「緊張したら緩める。使ったら休む。その両方が大切です」と教えてくれました。
そんな中で救いだったのは、母がどんな状況でも楽しいことを見つけて、毎日を楽しむ気持ちを持っていたこと。それで、私も前向きな気持ちになったんです。
それからは、ボイストレーニング、社交ダンス、マッサージのトライアングルを回るローテーションが確立し、体は年齢を重ねても変わっていくことがわかったのです。
──偶然に出会ったことを、柔軟に受け止め続けていることが肉体改造につながるとは! 市毛さんが多趣味であり、いつまでも若々しく元気な理由がわかりました。
心の在り方が大切なことは母から学びました。今、舞台に心を寄せて、すべてを集中させています。全国各地で公演をしますので、皆さまとどこかでお会いできたらうれしいです。
●市毛良枝さんの舞台
衣装協力/Wild Lily
構成/前川亜紀 撮影/荻原大志
【行動力と決断力、95歳の母と海外旅行も決行! 母が残してくれた大切なこととは……後編に続きます】