取材・文/坂口鈴香
コロナ禍は老親とのかかわりに大きな影響を与えた。親と会うこともままならなくなり、「こんなはずではなかった」と悔いを残したまま親と別れざるを得なかった人も少なくない。
「コロナさえなかったら――」
『夫の家庭を壊した義父の介護』(https://serai.jp/living/1016891)で話を聞いた迫田留美子さん(仮名・50)はつぶやいた。
迫田さんは、南九州で一人暮らしをしていた夫の父親(88)を関西に呼び寄せ、どう向き合えばいいのか、ときに悩みつつも「義父を笑わせたい」と前向きに介護していた姿が印象的だった。
白内障の手術を受けさせたい
昨年はじめ、迫田さんは娘の結婚を控えていた。コロナ禍ではあったが、何とか義父にも孫の花嫁姿を見てほしい、と考えていた。というのも、義父は白内障が進み、ぼんやりとしか目が見えなかったのだ。
白内障を治療したいのは結婚式のためだけではなかった。義父はトイレの便器と床の区別がつきづらく、床に尿をまき散らしてしまうため、迫田さんは毎日十数回のトイレ掃除に追われていた。階段や段差も見えづらくなっていて、つまずく恐れもあった。
義父に白内障の手術を受けさせたいと考えた迫田さんは、糖尿病を持つ義父の主治医と相談して、5か月かけて血糖値をコントロールした。そして主治医のいる総合病院で白内障の手術をすることにした。
「日帰り手術も考えて、一度は違う病院を受診したのですが、ケアマネジャーやヘルパーさんから入院させた方が良いとアドバイスされたので、糖尿病のカルテのある総合病院に入院して手術を受けることにしたんです」
義父は「手術したくない」と繰り返していたというが、義父のためだと思って押し切った形となった。手術は成功した。退院後、義父の視力は0.02から0.4に回復した。
「小さな字が読めるようになり、本当にうれしかった。退院して1回はこの総合病院を受診し、2週間後には近くの眼科に通院すればいいということになっていたので、楽になると喜んでいました」
まさかコロナやないよね
ところが、退院して数日後、総合病院から「院内でコロナ患者が出て、お義父さまも濃厚接触者となっているため、PCR検査を受けに来てほしい」と連絡がきた。
「私としては、『それは大変!』というより、その前にPCR検査を受けに義父を病院に連れて行くこと自体が大変やし、面倒くさいわという気持ちが先だっていました。前年暮れに義父は2回転倒して、足が弱くなっていたので、病院に連れて行くのが大変になっていたんです。それに、そんな簡単にコロナになるのかなという軽い気持ちもありました。でも電話してきた看護師さんがあまりに懇願されるので、『仕方ない。じゃあ連れて行こうか』と重い腰を上げたんです」
検査に連れて行くとき、迫田さんには違和感があった。義父がいつものように歩けなくなっていたのだ。
「あれ? おかしいな。お義父さん、まさかコロナになってないよね、と思いながら、病院について1分くらいで検査が終わり、タクシーで自宅に戻りました」
自宅に戻ると、疑念はますます大きくなった。義父はずっと寝ている。トイレには起きたが、支えないと歩けない。
「コロナかもしれない、と思っていたところ、夕方に病院から陽性だと連絡が来ました。このときは、やはりPCR検査を受けに行っておいてよかったと、逆に安心したくらいでした」
娘に手伝ってもらい、義父を連れて病院に向かった。
「そういえば、血糖値も数日前から高かった」と迫田さんは振り返る。
「白内障の目薬のストレスだと思っていましたが、コロナ感染による体調不良だったのでしょう。高血糖になったのは私の食事が悪かったのかなと思っていたので、コロナが原因だとわかって少しスーッとしたのを覚えています。それだけ、義父の糖尿病と闘ってきたんだなと改めて思いました」
介護にはゴールがあった【2】につづく。
取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。