文・絵/牧野良幸
ロシアによるウクライナ侵攻が起きた。世界中からロシアに抗議の声が上がっているが、その中にひまわりを掲げて抗議をする人たちもいた。ひまわりはウクライナの国花なのだそうだ。ひまわりを通じてウクライナへの支持を訴えているのだ。
そこで本連載も特別編として映画『ひまわり』を取り上げる。
『ひまわり』は1970年に公開されたイタリア映画である。監督はヴィットリオ・デ・シーカ。主演はソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニ。ヘンリー・マンシーニ作曲のサントラが大ヒットしたこともあり、僕らの世代では思い出の深い作品だ。
実際、映画の中のひまわり畑のシーンは圧巻だった。このひまわり畑は当時ウクライナで撮影されたのだという。
見渡す一面が全部ひまわりで埋め尽くされている。日本で普通に生活していたらまず見ることがない風景。このシーンを見たさに映画館に足を運んだと言っていい。映画の公開から52年、このひまわり畑に全く違った印象を持つことになると誰が予想しただろうか。
物語はタイトルバックにそのひまわり畑が映った後、イタリアの海辺から始まる。青い海の広がる砂浜でジョバンナ(ソフィア・ローレン)とアントニオ(マルチェロ・マストロヤンニ)が愛し合っている。
海の青さは二人の若さを象徴しているのだろうが、2022年3月の現在は、その青い色を見ただけでウクライナのことが連想されてしまい心が痛む。
ロシア軍の侵攻以来、ウクライナ国旗に使用される青色と黄色は特別な色となった。これまで海外で起きた紛争や戦争には日常生活の中までその影が落ちることはなかったが、今回は違う。スーパーのチラシで青と黄のデザインを見ただけでウクライナのことを思い浮かべてしまうのだから。
映画の中、海辺で愛を交わす二人にも戦争は襲いかかる。結婚をしたもののアントニオに招集が来るのだ。
アントニオはソ連戦線へ。しかし戦争が終わってもアントニオは帰ってこなかった。ジョバンナは帰還兵からアントニオがソ連の極寒の中で倒れ、置き去りにされたことを知る。
しかしジョバンナは夫を信じ待ち続けた。歳月が過ぎてもそれは変わらない。とうとうジョバンナはアントニオの生存を確かめるためにソ連に向かった。
そこでジョバンナが歩くのがひまわり畑である。一面に広がるひまわり。その上には青い空。
青色と黄色の組み合わせは、ここでもウクライナの国旗を想起させる。風に揺れるひまわりの花は悲惨な状況に陥っているウクライナの人々の顔に重なる。ヘンリー・マンシーニの切ないメロディはウクライナの人々の悲しみを表現しているようで胸が痛くなる。
美しいひまわりの下には戦争の悲劇が埋まっていた。
「このひまわり畑の下にはイタリア兵とロシア人捕虜が埋まっています」
と案内人が語る言葉が印象的である。
この映画のもう一つの舞台がソ連というところも、今日の状況を考えると運命的だ。吹雪の中で力尽きたアントニオを救ったのはロシアの娘だった。一命を取りとめたアントニオはその娘と暮らすようになり、子どもも生まれていた。
ソ連に来たジョバンナはついにアントニオの暮らす家を突き止めるが、ロシアの娘はジョバンナに対して誠実だった。娘だけではない、映画に登場する村の人々は誠実で素朴そうだ。これを見て、身の危険を顧みずウクライナ侵攻に反対の声を上げている、ロシア国内や海外のロシア人に姿を重ねてしまうのは僕だけだろうか。映画と現実が混ざっている。
映画の話を進めれば、ジョバンナはいざアントニオと対面すると、この状況を受け入れることができず、逃げるようにその場を離れイタリアに帰ってしまう。するとアントニオの方がジョバンナを追ってイタリアに戻ってくるのだが、もう二人の間は修復ができないのだった。駅での別れのシーンが悲しい。
エンディング・ロールは再びひまわり畑が映る。最初に書いたように、ここはウクライナで撮影されたという。首都キエフから南へ500キロほど行ったヘルソン州という所らしい。
当時は冷戦時代だったがソ連側から撮影が許可された。それは雪解けを象徴する出来事の一つだったのかもしれないが、それを踏みにじるかのように、今ロシアはウクライナに軍事力を持って侵攻している。このエッセイを書いている現在も緊迫した状況が続いており先は見通せない。
『ひまわり』はロシアのウクライナ侵攻に心を痛める世界中の人々の胸に響くことだろう。戦争が一刻も早く終結して、ウクライナに平和が戻ることを強く願ってやまない。
【今日の面白すぎる日本映画・特別編】
『ひまわり』
1970年
上映時間:101分
イタリア、フランス、ソビエト連邦、アメリカ合衆国の合作
監督:ヴィットリオ・デ・シーカ
脚本:チェーザレ・ザヴァッティーニ
アントニオ・グエラ
ゲオルギ・ムディバニ
出演:マルチェロ・マストロヤンニ。ソフィア・ローレン、ほか
音楽:ヘンリー・マンシーニ
一
文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。ホームページ http://mackie.jp