流行や技術が目まぐるしく変化する現代。だからこそ時代に左右されないものが再評価される時代ともいえる。日本のニットメーカーが生み出したセーターは、長く着続けてほしいという作り手の熱い想いが伝わる逸品だ。
ニットとは1本の糸でループをつくりながら編まれた生地のことだが、ニット素材のもの全般を広くニットと呼ぶこともある。諸説あるが、古代エジプトではすでに靴下が編まれており、その技術がヨーロッパへ伝わり各地に広まったと言われている。16世紀中頃には機械による編み機が発明され、ニットは広く普及していった。
ではニットは日本にいつ頃入って来たのだろうか。昔から日本人の衣類は綿や麻、絹などの織物でつくられており、羊毛を生み出す羊も飼われてはいなかった。手編みの手袋や靴下が輸入されるようになったのは、1600年前後の南蛮貿易から。明治時代には国内で機械の編み機がつくられるようになり、大正時代には世界各国に国産のニット製品が輸出されるまでに成長した。
日本を代表するニット製品の産地、山形で1951年に創業したニット会社が『奥山メリヤス』だ。
「創業者の祖父が戦争から戻って始めた会社です。じつは、山形は軍需産業のひとつとして手袋の生産で発展した地域なのです。最盛期には山形に200ほどの会社がありましたが、現在は10社程度にまで減ってしまいました。しかしながらいまでも山形は、糸の紡績から、編立(あみたて)、染色など、ニットづくりに関するすべての工程をひとつの地域で行なえる日本で唯一の産地です」
そう山形の状況を話すのは同社3代目の奥山幸平さん(43歳)。『奥山メリヤス』は取引先からの要望を受け、相手先のブランドで長くニット製品を生産してきた。しかし、それでは自分たちが得意とする技術や感性を発揮する場面が限られてくる。それを表現するためには自分たちでブランドを立ち上げるしかないと、2013年に『バトナー』を始めた。
代々着続けられるセーター
ブランドを始めるにあたって目指したのは、流行り廃りに左右されることなく、シンプルで、年齢を問わずに着られるようなニット製品だ。奥山さんは「代々着続けてもらえるような良質で完成度が高いものを提供したい」と話す。
「バトンタッチ」からの造語であるブランド名もそうした奥山さんの願いが込められている。
今回紹介するノルディックセーターは北欧地方に伝わる模様を編み込んだ伝統的なセーターで、同社を代表するニット製品のひとつ。太番手に紡績した糸を何本も使った肉厚で、柔らかな肌触り。胸から肩にかけてカーブを描く柄が引き立つデザインが特徴的だ。北欧からの輸入品に見間違えるような見事な出来栄えである。
「海外の有名なニットブランドはほとんどが自社で工場を持っています。彼らは自分たちで企画から生産、販売までしています。だから自社のつくるものに誇りが持てる。僕たちもせっかく工場を持っているのだからそうありたい。このセーターは、品質をいちばんに考え、自分たちで糸からつくり、ずっと着続けられるセーターを、と送り出した製品です」と奥山さんは自信たっぷりに話す。
セーターの基本的な部分を変えることはないが、色や柄などは毎年、より良いものへと更新される。それを楽しみにしているファンも多いと聞く。ニットに長く関わってきた作り手の誇りと気構えが伝わってくるようだ。
文/小暮昌弘(こぐれ・まさひろ) 昭和32年生まれ。法政大学卒業。婦人画報社(現・ハースト婦人画報社)で『メンズクラブ』の編集長を務めた後、フリー編集者として活動中。
撮影/稲田美嗣 スタイリング/中村知香良
※この記事は『サライ』本誌2021年11月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。