10年前の大病を機に、食生活を野菜中心に改善。単調になりがちな味わいのアクセントは、各種取り揃えている梅干しだ。

【八田正一さんの定番・朝めし自慢】

前列中央から時計回りに、温野菜(南瓜・人参・ブロッコリー)、中華粥(油揚げの乾煎り)、納豆の梅和え、純子さんの梅干し、ヨーグルト(きな粉2種)、梅干しのゼリー、生野菜(ミニトマト・胡瓜・ルッコラ)、梅ドレッシング、ポーチドエッグ。生野菜と温野菜には梅ドレッシングをかける。純子さんの梅干しは昔ながらの酸っぱさで、ご飯や粥の友に最適だ。ヨーグルトは自家製のカスピ海ヨーグルトを愛食。

通信販売(通販)全盛期の昨今だが、30年以上前から通販の商品開発のコンサルティングに携わってきたのが、東京・新橋にある会社『フリーハンド』である。社長の八田正一さんが語る。

午前7時半起床、朝食は8時頃。今朝は八ヶ岳蓼科高原にある山荘で摂るが、献立は自宅時と変わらない。「昼は妻が作ってくれる野菜中心の弁当。これにも梅干しが入っています」と八田正一さん。

「きっかけは大手通販会社から、弊社が扱っている業務用の厨房備品を一般家庭に売りたいというお話でした。そこでプロユース商品を複数のメーカーから選別して家庭用に売り出すと、驚くほどの反響がありました」

梅和えは、納豆に代わって野菜が登場することもある。手前左から時計回りに、山芋と胡瓜、キャベツ、大根と胡瓜と人参の梅和え。梅和えには、いとこの純子さんの漬けた酸っぱい小粒の梅干しと決まっている。

これが転機となり、通販の商品開発をコンサルティングする「モノ研」(モノ作り研究所)を設立。会社のひとつの柱となった。

ヨーグルトには「黒胡麻アーモンドきな粉」(250g 540円)と「とろけるきな粉抹茶」(
55g 324円)をかける。前者は素材の香ばしさを生かした、栄養満点の組み合わせ。後者は口に入れるとふわっととろける驚きの食感だ(問い合わせ:タクセイ 電話:0586・81・2444)。

もうひとつの柱が「クロー値研究所」である。クロー値とは、熱抵抗値の単位で衣服の保温力のこと。これまでもUVカットや防風性、撥水性、静電気防止などの機能性衣料の開発やオーガニックコットンの普及に取り組んできたが、

「今、私が一番興味をもっているのがクロー値の運用研究で、気候変動に合わせた保温性の検証はあと14〜15年で一応の結果が出る。従って、私の定年は85歳です」

こう聞くと理系の人かと思うが、早稲田大学の文系出身。学生時代にはテニスサークルのキャプテンに選ばれるが、味方も多いが敵も多い。サラリーマン世界で生きていくのは無理と、義父の仕事を手伝った後、29歳での起業であった。

八田さんが商品開発に携わった土鍋「サイマルクッカー」(仮称・デモ器)。ひとり用の1合釜の上部に野菜をのせた簀の子をセットするだけで、“炊く”と“蒸す”の調理を一度にできる。ガス、電子レンジ、シーズヒーターなどに対応。年内発売予定(問い合わせ:ミヤオカンパニー 電話:0593・32・2222)。

4種類の梅干しを使い分ける

10年前に、劇症糖尿病で生死の境を彷徨った。以来、食事は野菜中心だ。その野菜の味わいに変化をつけるために欠かせないのが、4種類の梅干しである。

「まず20年来、いとこの純子さんが毎年送ってくれる梅干し。徳島の本家の庭になった梅をいとこ用に漬けてくれたもので、この梅干しが10人ほどのいとこの縁を繋いでくれている。それと紀州の梅干し3種類を常備しています」

3種のうちの「うす塩味梅」と「しそ漬梅干」は種を除いて混ぜ、オリーブオイルを足して梅ドレッシングに。残りの「りんご酢の梅」は果物を思わせ、梅ゼリー用だ。

朝食のたんぱく源は、大好物の卵。時には卵かけご飯が登場する。醤油を落とした後に、手作りの冷燻オリーブオイルで香りをつけるのが八田流である。

40歳で始めたアメリカンフットボール。会社役員に日本大学のアメフト部出身者がおり、その影響を受けた。週1〜2回の練習を経て、45歳で試合に出場した時の勇姿。
休日には、自宅近くの善福寺川緑地(東京・杉並区)を歩く。10年前の大病後、運動といえば歩くことだけが許された。以来、“歩き嗜好”は衰えず、今は通勤途中の駅で下車し、1日1万歩は歩いている。登山経験で身についた、時速4.5kmの速度を保つ。

60歳を過ぎたら遊びこそ真剣に。これが日々を豊かにしてくれる

大阪に生まれた。“親の期待は背負えない”と、農林水産省の官僚だった父の反対を押し切って、国立ではない私立の早稲田大学に入学。昭和44年、学生運動も終盤にさしかかった時期であった。

「終盤とはいえ、キャンパスはロックされており、登山を始めたのはこの頃です。下宿の友人に山男がいた。彼に連れられて、米軍払い下げの重たいシュラフ(寝袋)とテントを背負って夜行列車で北アルプスに向かい、金がなくなるまで歩き回ったものです」
 
60歳を過ぎて、その登山を再開した。山仲間の基地となっているのが、長野県蓼科の山荘である。

8年前に登山を再開。今も年に3回ほど3000m級の山に登る。写真は標高3180mの北アルプス・槍ヶ岳山頂直下で。日本で5番目に高い山だ。右端が八田さんで、68歳の時。

「料理は化学、道具は物理です」

という八田さんは、自宅で厨房に立つことはないが、この山荘では腕を振るう。試行錯誤して調理道具を工夫し、化学実験をしているかのように料理を作る。これが面白い。男の手になる料理は、山荘に集まる仲間に好評だ。

登山仲間のために、山荘ではピザを焼くことが多い。「市販の生地なら250度、手作りなら350度が適温です」と八田さん。この日は市販品にチーズとバジル、トマトなどを足して、マルゲリータを焼き上げた。

日課の散歩、週末のテニス、年3回ほどの登山、そして山荘での料理。60歳を過ぎたら趣味や遊びこそ真剣に。これが日々の暮らしを味わい深くしてくれる。

山荘では燻製作りも。牛肉やチーズをサクラとヒッコリーのチップで燻製にする。
牛肉のたたき風燻製は、牛もも肉に塩と胡椒をもみ込み、1時間ほど風乾し、燻製に。オリーブオイルも45度の冷燻に。

※この記事は『サライ』本誌2021年7月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。 ( 取材・文/出井邦子 撮影/馬場 隆 )

 

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