文・絵/牧野良幸
明智光秀を描いたNHK大河ドラマ『麒麟がくる』は、コロナ禍で放送が一時休止されたので、最終回は2021年2月になるという。これからクライマックスに入っていくことだろう。
明智光秀。本能寺の変で織田信長に謀反を起こした男。
日本人なら誰もが名を知っている人物であるが、その生涯となると知らない人も多いのではないか。恥ずかしながら僕も知らなかった。まあ織田信長や豊臣秀吉に比べるとかなり地味だから仕方がないだろう、と思う。
しかし「どうして?」という謎かけにおいては、信長や秀吉以上に気になる人物である。なぜ明智光秀は織田信長に謀反を起こしたのか。それを考えると光秀の抱えていた闇が人ごととは思えなくなる。
そこで今回は明智光秀の人生を描いた『明智光秀-神に愛されなかった男-』を取り上げてみよう。これは2007年に民放が放送したドラマだが、光秀の人生において欠かすことのできない史実を多く取り入れ、かつコンパクトにまとめられている。大河ドラマではちょっと長すぎるという方にはおすすめである。
物語は明智光秀(唐沢寿明)が織田信長(上川隆也)の家臣となっているところから始まる。
1568年、織田信長は足利義昭を奉じて上洛。信長は義昭を室町幕府15代将軍にすえ、その威のもとに自らの力を諸侯に誇示できるようになったのだ。義昭はそのための飾り物に過ぎない。
実はこの織田信長と足利義昭を引き合わせたのが、明智光秀だったのである。最初に光秀のことを地味だと書いたけれど、結構やり手だったのだ。
ドラマが描く明智光秀は生真面目な男である。悪く言えば四角四面。しかしこれは責任感と正義感があるゆえのこと。光秀は家族に愛され、家臣にも慕われていた。
しかし織田軍の中では違う。真面目人間ゆえ他の家臣とはなじめない。また信長の家臣であると同時に足利義昭の家臣でもあったから、“二足のわらじ”と揶揄もされた。
何よりライバルに木下藤吉郎(柳葉敏郎)がいた。のちに羽柴秀吉と改名し豊臣秀吉となる男である。藤吉郎は調子が良く、人の懐に入るのがうまい。宴席では狸踊りをして“宴会部長”までやる。真面目人間の光秀は何かにつけて藤吉郎のやる事が気にさわるのだった。なんだか二人の争いはサラリーマンの出世競争を見ているようである。
二人の勝負、どこから見ても明智光秀に勝ち目がないと思うのだが、光秀は出世していく。ドラマでは光秀が織田軍の中で存在感を高めていく出来事がいろいろ描かれるが、その中で一つだけ書くとすれば1571年の比叡山焼き討ちだろう。
信長は敵対する比叡山延暦寺への攻撃、その総大将を光秀に命じた。仏に弓を向けることに不本意だったものの、光秀は信長の命に従った。この比叡山焼き討ちの功績により光秀は信長から近江坂本の領地をもらい受け領主となる。こうして光秀は信長の片腕となるほどに出世した。
ここまででも僕のような“光秀初心者”には面白すぎるドラマである。先を進めよう。
その後、織田信長は宿敵だった武田氏を滅し、天下統一に向かってまた一歩進んだ。こうなると未来のことを知っている僕には本能寺の変が気になってくる。いったいどこから、どうして光秀にその考えが生まれるのか。
そのターニングポイントのひとつと思える事件が起きる。なんと信長は光秀の領地を取り上げてしまうのだ。自分の領地は敵地に行って戦って取ってこい、と。なんだかサラリーマンが左遷されて転勤を命じられたように見える。いやそれ以上にひどい扱いだ。光秀を片腕にまでしておきながら、やっぱり信長は光秀が嫌いだったのか。
光秀のほうも信長に不信をつのらせていた。《信長様は延暦寺の僧たちを情け容赦なく殺した。信長様は日本を奪い取ろうとしている耶蘇教を保護している。信長様は民ではなく国家にばかり目を向ける》と。
この“上司”にはもうついていけないと思ったのだろう。世の戦を終わらせるためには毒にもなろうと覚悟していた光秀はこうつぶやく。
「毒を持って毒を制する。それより先は……神のみぞ知る、ということです」
こうして明智光秀は本能寺で謀反を起こすことになる。その結果はドラマのタイトルどおり。光秀は神に愛されなかった。
しかし明智光秀は神とは別のところに希望を託していたのである。それが羽柴秀吉。ながいライバル関係のうちに、光秀と秀吉は互いを認め合っていた。信長の殺戮を通じての天下取りには二人とも気乗りがしない。「早く戦を終わらせたい」という思いで二人の心は通じあっていたのだ。
「逆臣がひとり出ればよい。その者が信長様を打つ。その逆臣は、正当なる織田の後継者に打たれる。そして後継者は誰はばかることなく織田家を継げるのじゃ。それが“猿”じゃ」
この光秀の真意がわかっていた秀吉は、本能寺の変の知らせを聞くとすぐに戦地からとって返し、光秀を打つ。エンディングに出る“このドラマはフィクションです”を待つまでもなく、最後の光秀と秀吉の直接対決はいかにもドラマくさいが、これも主人公である明智光秀を悲劇の武将として描く一つの方法だろう。
明智光秀の人生には考えさせられることが多い。『明智光秀-神に愛されなかった男-』は、そんな光秀を血が通い肉付けされた人物像として描いたドラマだ。
【今日の面白すぎる日本映画】
『明智光秀-神に愛されなかった男-』
2007年1月3日 21:00〜23:30 フジテレビ放映
出演者: 明智光秀/唐沢寿明、織田信長 / 上川隆也、木下藤吉郎(羽柴秀吉) / 柳葉敏郎、明智秀満 / 大泉洋、足利義昭 / 谷原章介ほか
脚本:十川誠志、演出:西谷弘、音楽:菅野祐悟
文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。ホームページ http://mackie.jp