今週放送の第37話含めて残り8回となった『麒麟がくる』。武田信玄の急死、朝倉義景の敗死、信長の義弟浅井長政の滅亡が目まぐるしく語られた。危機を脱した信長は正倉院御物「蘭奢待」切り取りを所望するのだが……。
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ライターI(以下I): 今週は一瞬たりとも目を離せない文字通り怒涛の展開でした。冒頭で、武田軍の動静に触れられていましたが、久しぶりに登場した菊丸(演・岡村隆史)が信玄(演・石橋凌)の死に気がついたところからスタートしました。
編集者A(以下A):解せなかったのは、菊丸の動きです。「信玄死す」の情報を真っ先に光秀(演・長谷川博己)に知らせようとします。徳川の忍びである菊丸がなぜ光秀に?という場面でした。
I:本能寺の変に徳川家康(演・風間俊介)が絡んでくるのか?と思っちゃいますよね。
A:足利義昭(演・滝藤賢一)が絡むのか、それとも正親町天皇(演・坂東玉三郎)なのか、はたまた徳川家康なのか?と思わせぶりな演出が続いていますよね。推理仕立てなんでしょうか(笑)。
I:ドラマらしくて良いと思います。
A: ところで、武田信玄の死が意外にあっさりでしたが、槙島城にいた足利義昭はこれで万事休すとなりました。〈朝倉、浅井、そして信玄。なぜじゃ、なぜ姿を見せぬ。皆わしを助け、信長を討つと書いているではないか〉と狼狽していました。
I:その狼狽ぶりが滝藤賢一さんの演技でいっそう際立ちました。
A:後半に三淵藤英(演・谷原章介)と光秀が、勝者と敗者は紙一重というやり取りを交わしていましたが、まさにこの時こそ紙一重。武田信玄の急死がなければ、信長がどうなっていたか。それだけに義昭の狼狽ぶりも理解できます。
I:私は義昭が裸足の状態で歩かされているのを見て、哀しくて、切ない気持ちになりました。滝藤さんの演技が本当に胸に迫ってきて、ちょっと涙が出てきたほどです。
A:秀吉の態度も印象的でした。〈ご覧あれ、明智殿。皆が武家の棟梁と崇め奉った将軍様がこのざまじゃ。これからは我らの世でござる。我らの〉。光秀への対抗意識が感じられる台詞でした。
I:その後、印象的だったのが、三淵藤英と細川藤孝(演・眞島秀和)とのやり取りです。〈藤孝、お主、義昭様や幕府の内情を密かに信長に洩らしておったな〉と怒りを顕わにします。
A:本能寺の変後の細川藤孝の行動を考えると、含蓄のある台詞がその後も続いたのが興味深かったです。〈私は気がついただけです。政を行なうには時の流れを見ることが肝要かと〉〈この世には大きな流れがある。それを見誤れば、政は淀み、滞り、腐る〉と。
I:将軍義輝(演・向井理)から離反した際には歩調を合わせた兄弟ですが、今回は立場を異にしました。しかも谷原さん、眞島さんのやり取りが心に迫ってくるなんとも切ないシーンになりました。
A:終盤に入って名場面が続きますね。京から追われた将軍義昭は、駒(演・門脇麦)相手に苦衷の心情を吐露します。武家がひとつにまとまるように働きかけて来たのに戦が止まないことを気に病んでいました。戦を終わらすために諸国の大名に号令する。こちらも切なくてたまらないシーンでした。
信長の蘭奢待切り取り、そんなに悪いことなのか?
I:今週は怒涛の展開だったという話は既にしましたが、朝倉義景(演・ユースケ・サンタマリア)の敗死、浅井長政の滅亡が駆け足で描かれました。桶狭間合戦後の後半戦で比較的出番が多く、光秀との縁も浅からぬ朝倉義景の最期にしてはあっさりすぎる感じがしました。義景を裏切った朝倉景鏡(かげあきら/演・手塚とおる)が舌をベロっと出したシーンがなぜか印象に残りました。
A:義景を裏切って、義景の首級を織田方に送った景鏡ですが、朝倉氏の旧領を継いだわけでもなく、自領安堵を確保するのがやっとでした。そればかりか、翌年に一向一揆との戦いで討ち死にしてしまいます。景鏡の行く末に思いを馳せながらこのシーンを見ると、切ないというか、やり切れない思いになりますね。
I:驚いたのは浅井長政が、いわゆる〈ナレ死〉だったことです。
A:まあそれはしょうがないですが、信長包囲網については、本来信玄と連携すべき朝倉義景が帰国して信玄を激怒させた事件などを描いてくれたら、より興奮したかと思います。これもまたないものねだりですが(笑)。
I:ところで今回は信長による蘭奢待切り取りが大きなテーマになっていました。
A:正倉院におさめられている香木ですよね。今井宗久(演・陣内孝則)が〈古めきしずかと呼ばれ、えもいわれぬ香りの?〉と表現していました。京で権力を握ったら確かめたくなるんでしょうね。
I:なんだか、信長が蘭奢待の切り取りを所望することが、悪いことのような設定でしたが、足利義満、義教、義政の三代に渡って切り取っていたなら、そんなに悪いこととは思えないのですが。
A:足利義政以来、110年。という台詞がありました。義政以降は応仁の乱から戦国乱世になっているわけですから、その間はそれどころではない時代が続いたんですけどね。新たに権力を握った信長が切り取りを所望することは自然なことかもしれません。ちなみに信長以降で切り取りが記録されているのは明治10年の明治天皇です。現在〈明治天皇以来143年〉ということになるわけですが、今はどのような手続きを経れば切り取れるんですかね?
I:わかりません(笑)。ところで、大阪大学の米田該典先生の調査によれば、30回以上は切り取られているそうです。ですから、今週は、朝廷の信長に対する評価が芳しくなかったということを表したかったのではと感じています。
A:財政難だった朝廷を救ったのは織田信長なんですけどね。それに〈殿もこれで歴代将軍と肩を並べられました〉という台詞もありましたが、あの信長がそんなことで喜びますかね?とは思いました。しかし、信長の目の前に現れた蘭奢待は、写真で見る本物とほぼ同じ感じでしたね。
I:この場面で、何を伝えたかったのでしょうか。蘭奢待の切り取りを所望することが信長の傲慢だというのを表現したかったのですかね?
A:私は、その後の正親町天皇の場面を強調したかったと感じました。信長から送られた蘭奢待を信長と敵対する毛利輝元へ送ろうとしたことを指摘された正親町天皇は、〈朕の預かり知らぬこと〉と切り捨てます。後白河法皇並みに食えない対応です。いかにも〈THE 京都〉という本当は恐ろしい場面でした。
I:げにも、げにも(笑)。
●ライターI 月刊『サライ』ライター。2020年2月号の明智光秀特集の取材を担当。猫が好き。
●編集者A 月刊『サライ』編集者。歴史作家・安部龍太郎氏の「半島をゆく」を担当。初めて通しで視聴した大河ドラマは『草燃える』(79年)。NHKオンデマンドで過去の大河ドラマを夜中に視聴するのが楽しみ。 編集を担当した『明智光秀伝 本能寺の変に至る派閥力学』(藤田達生著)も好評発売中。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり