正月と気分が乗った週末以外は、“ソムリエ林”が作るクロックムッシュ。それは若き日に、フランスでよく食べた味だ。
【林暁男さんの定番・朝めし自慢(平日)】
【林暁男さんの定番・朝めし自慢(週末)】
今、日本に3万3000人余りいるというソムリエ。その草分け的存在が、林暁男さんである。
千葉県匝瑳市に生まれた。明治学院大学時代から、将来は航空・旅行・ホテル業界のいずれかにと思っていたが、卒業後は希望通り『ホテルオークラ東京』に入社。2年間のレストラン勤務を経て、25歳で『ホテルオークラアムステルダム』新規開業のために、オランダに出向する。
「僕は日本ではなく、このオランダでソムリエの道に入ったのです」
400種類のワインを揃える同ホテルのフレンチレストランで味や知識を高め、仏語や英語、オランダ語など語学力も磨いた。その後も本場フランスの銘醸蔵元でぶどう栽培からワイン醸造まで、さらに研鑽を重ねてきた。
帰国後は東京のホテルオークラでソムリエとして勤務する傍ら、30代半ばで「日本ソムリエ協会」理事に就任。日本のソムリエ創成期からその最前線に名を連ね、長年にわたり本部役員も務めた。
10年ほど前に、両親の介護のために夫妻で生まれ故郷に戻り、ソムリエを目指す人たちや百貨店、ワイン小売店などの従業員らに、その管理方法や品質の見極め方などを講師として教えている。
アーティチョークの食用栽培
「小さな町で郊外生活を始め、ひとつ楽しみが増えました。それが約10アールある畑仕事。夫婦ふたりで食べる野菜は、そのほとんどが自給自足です」
朝食にはもちろん、無農薬のそれらの野菜が並ぶ。主食は海外で食べなれたクロックムッシュ。これはフランス発祥のハムやチーズ、野菜をのせたトーストの一種だ。気が向いたら週末には、自慢のフレンチトーストを作ることもある。
「朝食は9割がた、僕が作ります。フレンチトーストはバターを控えている僕にとって、味覚的にもカロリー的にも贅沢な一品です」
朝食には登場しないが、日本では珍しい西洋野菜も育てている。食用のアーティチョークだ。
「欧米では初夏の味覚として親しまれ、僕もヨーロッパ時代にはよく前菜として食べました。辛口の白ワインとの相性が抜群です」
ワインサロンや食育を通して、町を活性化させたい
「ヨーロッパで過ごした20代が、私の基礎を築いた時代。若い時に経験した、穏やかで人間味のあるヨーロッパの田舎暮らしを求めて、故郷でも“プロヴァンスの風を感じて”をキャッチフレーズに、ワインサロンなどを開いています」
このワインサロンは、自宅でワインを試飲しながら、食事との組み合わせなどを愛好者に教える会で、誰でも参加できるという。
また、今年から『ソムリエ ハウス』という民泊もオープンした。東京オリンピック開催というタイミングと、成田国際空港から近いという地の利を生かして、主に外国人対応の公認民泊だが、もちろん日本人も受け入れている。
教育者の顔も持つ。未来を託す子供らの健やかな成長を願う気持ちから、食育にも力を注いでいる。
「小学校低学年を中心に、箸やスプーンのマナーからいかに美味しく食べるかを教える。子供たちの感性を刺激するきっかけを作ってやりたいのです。要請があれば、小学校に出向いています」
豊かな心を育てる文化活動なくして、わが町を活性化できないと考えるからである。
取材・文/出井邦子 撮影/馬場 隆
※この記事は『サライ』本誌2020年12月号より転載しました。