友人と四方山話に花を咲かせる、あるいは喧噪の中、何気なく耳に入る周囲の話に共感を覚える。外呑みには外呑みの楽しみがあるが、家呑みにもまた違った楽しみが。その道の“達人”の極意を伺った。

角野卓造さん(俳優・72歳)

「うまい飯にうまい酒がない世界は想像できません」

「卓上の準備を整え、一度席に着いたら、立ったり座ったりしません。 ひとつところに腰を落ちつけ、ゆったり楽しみたいものです」
東京・吉祥寺のデパ地下で手に入れたマグロとオクラの和え物を、豆腐の上へ。自分なりの組み合わせを試してみるのも、家呑みならでは。

「休肝日ですか? そんなものがあるわけないじゃないですか」

お酒を覚えたその日から、角野卓造さんにとって、「酒を呑むのは、息を吸うのと一緒」。

「うまい飯に、うまい酒。これがない世界は想像が付きません」

角野さんは、京阪神の情報を紹介するタウン誌『ミーツ リージョナル』で、ひとり酒場旅のエッセイ「予約一名、角野卓造でございます。」を連載するほどの「居酒屋好き」としても知られているが、このところは「家呑み」がほとんどを占めているという。

「これまで文学座の座員として旅公演に生きてきましたが、ひとり息子もとうの昔に独立して、かみさんは家にひとり。ひとりでの夕飯は味気ないもんです。それもかわいそうかな、と思って、60も半ば過ぎてから意識的に家呑みを増やすようにしました。向こうがどう思っているかは定かじゃありませんが、いれば一緒に呑みます。一種の妻孝行ですね」

肴を買う楽しみ

角野さんの家呑みは、肴の買い出しから始まる。

「これがね、すこぶる楽しいんです」

電車での移動を恒とする角野さんは、仕事が終わると、自宅までのルートを頭に描き、「今日はあの店に寄ろう」と予定を立てる。

よく顔を出すのは、伊勢丹新宿店(東京)、いわゆる「デパ地下」だ。「従業員の方とはすっかり顔馴染み」というくらい、頻繁に足を運ぶ。お気に入りの店をぐるっと回り、定番の品から目に付いたものまで、数点の惣菜を買い込む。

「豪華なものはいりません。野菜のおかずを中心に少量ずつ。これをお皿に移して、お酒と一緒にいただきます」

最近の流儀は、洋皿+和皿の組み合わせだ。定番の「冷やしトマト」と「枝豆」で幕を開けると、いざ洋皿へ。

「日本料理で、肴を数種類盛り合わせたものを『八寸』といいますが、あれですね。1巡目は洋風のおかずを盛った皿を中心に、缶チューハイと共にいただきます」

春菊のサラダを中央に、パスタとハムのサラダ、コールスロー、ポテトサラダ、リンゴのサラダなど、『新宿高野』や洋食店『たいめいけん』など4つの店から買い集めた野菜中心の「洋皿 八寸」。

大きめの薄いコップに溢あふれるほど入れた氷の上から、甘くない缶チューハイを注ぐ。1本目は「-196度ストロングゼロ ドライ」(サントリー)、2本目は「タカラcanチューハイ ドライ」(宝酒造)がお約束である。

続いて和皿へ。肴に合わせて、お酒も日本酒に変更だ。

「ぬる燗でいただくのもいいし、デカンタに移し替えて冷蔵庫で冷やしておいた冷酒をキュッといくもいい。いやあ、美味しい肴に美味しい酒。人生の至福の時ですな」

玉子焼きやちくわなど伊勢丹新宿店で買い求めた和食の逸品を中心に、カレー専門店『新宿中村屋』のレモンチャツネやタマネギチャツネ、ラーパーツァイ(白菜の甘酢漬け)などを加えた「和皿 八寸」。

呑んでいる間はニュース番組を流し、政治の不正や欺瞞に悪態をつきつつ、愉悦の時間は4時間近く続くのであった。

『東京吉兆』の名物・胡麻豆腐に、京都『原了郭』の粉山椒をパラパラと振りかける。調味料を存分に用意し、途中で加えて味に変化を生じさせるのも角野流だ。
(※吉兆の「吉」は正しくは土の下に口、 つちよし )

「誰にも指図されない時間こそ家呑みの至福」

早い時は日の高いうち、夕方4時から家呑みが始まるという角野さん。酒を呑めば自然と笑みがこぼれる。最高の一日の終わり方だ。

自分の好きな肴、そして自分の好きな酒。それを自分勝手に楽しむ。連れ合いと一緒に楽しむこともあるが、ひとりでも充分な角野さんの至福の時である。心地よさの極致だ。

「心地よさ」は道具にも求める。いい空間、いい時間に必要なのは、いい道具だからである。

時には「豆皿」に肴を取り分けて楽しむことも。どの豆皿も、京都旅行の際に骨董店『うつわ阿閑堂』で入手したものだ。パックのままでは味気ないが、ランチョンマットを敷き、豆皿を並べると食卓が華やぐ。

竹製の菜箸、取り箸を使っているが、これはどちらも京都『市原平兵衞商店』の「京風もりつけ箸」。花板(料理長)のために作られたという箸で、箸先が非常に細いので肴がつまみやすい。長年愛用の一品だ。

氷を入れるステンレス製のアイスペールは、デンマークのブランド・ステルトンのもの。これも30年来の友人だ。

酒をお燗するのは、江戸時代創業の京都の老舗・清課堂の「錫鎚目ちろり」。このちろりは見目よし、お燗すれば味もよし、と家呑みを充実させるに欠かせない。

ひとしきり、角野さんの独特かつ究極の「角野流家呑み」を紹介していただいたが、角野さんは「こうでなければだめだ」というものはないし、そう勘違いしてほしくない、と念を押す。

「ああ、あいつはこんな家呑みをしているのかと、面白がっていただけるならそれが本望です。だって私は、うまい飯にうまい酒が味わいたいと、勝手にやってるだけなんですから」

角野さんにとっての「家呑み」は、誰からも束縛されることのない“自由”なひとときだ。角野さんは、この“自由”を満喫したくて、家で呑む。指図されるのが嫌だから、人にも言いたくない。

「いってみればワガママなんですよ。“オレはこういうふうにしかできねぇや”って70余年生きてきましたから。誰にも指図されない時間こそ家呑みの至福ではないでしょうか」

角野さんが「基準となる日本酒」というのが「立山」(富山)。これを基本に、冷酒でいただくなら「喜久醉」(静岡)、ぬる燗を味わうなら「鶴の友」(新潟)。これが最近の角野さんの日本酒選びの流儀だ。

●角野卓造(かどの・たくぞう)昭和23年、東京生まれ。学習院大学経済学部卒業後、文学座へ。紫綬褒章、読売演劇大賞最優秀男優賞をはじめ受賞歴多数。現在、テレビ、映画、ラジオなど、ジャンルを問わず幅広く活躍中。著書にエッセイ『万事正解』(小学館)、『予約一名、角野卓造でございます。【京都編】』。

※この記事は『サライ』本誌2020年12月号より転載しました。

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