文・写真/山内貴範
田舎暮らしブームのなかで、茅葺き民家の生活に憧れる人が老若男女を問わず増えています。今回は、実際に古い家で生活する人を取材してみました。しかも、とびきり古い家です。
秋田県羽後町、飯沢地区にある「鈴木家住宅」は、江戸時代初期に建てられた築350年の歴史を持つ茅葺き民家。東北地方でも有数の民家とされ、主屋と土蔵、さらには土地までもが重要文化財に指定されています。
迎えてくれた鈴木家の第46代当主・鈴木杢之助重廣さんは、先祖が源義経の家来とされる武士・鈴木三郎重家と伝わる家柄。江戸時代には庄屋を務め、長男が代々“杢之助”を名乗るのが決まりだそうです。そんな鈴木さんに、家のなかを案内していただきました。
「最初にお断りしておきますが、我が家は“古民家”ではありません」
いったいどういうことでしょう? 筆者の質問に、鈴木さんはこう答えます。
「私たち家族が、現役で生活している家だからです。資料館になったりして、人が住まなくなった家なら古民家と呼んでいいかもしれませんが」
なるほど、納得です。家のなかに入ると、子どもたちがおもちゃを持って駆けまわり、元気な声が響いてきます。その光景は、一般的な家と変わりありません。
家の中心である囲炉裏では毎日、薪が燃やされています。ここは家族が囲む団欒の場。料理にも使えますし、暖を取ることもできます。そして、立ち上る煙は屋根の茅を乾燥させ、長持ちさせるといいます。茅葺き民家は、昔の日本人の知恵の結晶であり、非常に合理的にできていることがわかります。
見上げると、天井がありません。鈴木さん曰く、重要文化財に指定される前は天井が張られていたそうですが、復元に際し、元の姿に戻すために取り除かれてしまったそうです。
昭和48年に重要文化財に指定される直前、鈴木さんのお父さんと文化財調査の職員との間で、ひと悶着がありました。今でこそ、文化財の積極的な活用が叫ばれていますが、当時は「寄るな、触るな、あっちにいけ」といった保護の仕方でした。
「職員からは、隣に新しい家を建てる費用を出すと言われたそうですが、父は頑なにこの家に住むと主張したそうです」
お父さんの意思を受け継ぎ、鈴木さんは今もこの家で生活しています。とはいえ、現代の暮らしにおいて、不便を感じることもあるのでは?
「大変なのは、寒さです。秋田県でも屈指の豪雪地帯ですから、冬の朝になると氷点下10℃以下になることもあります。けれども、囲炉裏で火を炊けばあたたかくなりますし、何より夏は風が通り抜けて快適そのもの。クーラーが要りません」
秋になるとカメムシなど、虫もたくさん発生します。しかし、鈴木さんはまったく気にしない様子。
「虫を気にしていては、生活できませんよ。かつての日本人は、虫と普通に共存していたものです。最近は虫を怖がる人も増えましたが、我が家の子どもたちは特に気にしませんね」
重厚なレンガや石の壁で外と内が仕切られている西洋の家と違い、日本の家は自然を内部に取り込み、季節を感じられるものでした。最近の家は虫が入ってきませんし、年間を通して理想的な温度に保たれています。そのぶん、日本の文化を形作ってきた四季を感じることが、難しくなりました。ここ鈴木家では、生活のなかで四季を感じ取っていた、昔の日本人の暮らしを追体験できるのです。
「鈴木家住宅」は建築学的にも貴重な存在で、それゆえ重要文化財として守られています。しかし、何よりもここで生活が営まれ、いつも家族の笑い声が響いていることに、最大の価値があるのではないでしょうか。
文・写真/山内貴範
ライター。「サライ」では旅行、建築、鉄道、仏像などの取材を担当。切手、古銭、機械式腕時計などの収集家でもある。