【古都の旬景散歩】第2回~奈良のサクラはGWまで楽しめる
4月上旬に今年3度目の奈良へ出かける予定である。奈良の早咲きサクラといえば、東大寺近くの氷室神社に植えられたシダレザクラが代表格。まだ冬枯れた景色の中で1か所だけ華やかに彩られていると、ある飲料メーカーのお茶のテレビCMに出てくるキャッチコピー「あっ、春」がぴったり感じられ、春の先駆けのイメージが重なる。
奈良の春本番は何といっても吉野山が思い浮かぶ。見ごろは4月10日が平年値だが、下千本、中千本、上千本、奥千本と標高順に開花するので、比較的長い期間楽しむことができる。今までに吉野山には何度も行っているが、数年前のこと、交通規制で一般車が通行止めになる前に山を登っておこうと、夜明け前に訪れた。ところが、夜が白み始めるとあたり一面が新緑。それでもあきらめきれずに奥千本まで車を走らせてみたが、ここも瑞々しい新緑だった。
今から思えば、吉野山の新緑をわざわざ撮りにいくこともないので、頭を切り替えればよかったのだが、何も撮影せずに下山してしまうほどその時はショックだった。自然相手の風景撮影では事前に情報を調べていても、時たま予想外の展開に陥ることがある。
■サクラとの予期せぬ出会いを楽しむ
ただ、奈良がありがたいのは、場所によって開花時期に大きなズレがあること。関東人からすると、サクラといえばソメイヨシノだが、奈良には早咲きから遅咲きまで多種多様なサクラがある。ソメイヨシノの一気に咲いて散り急ぐ潔さは、千三百年の都人より江戸っ子好みなのかもしれない。
多くの観光客を集める奈良・宇陀市大宇陀本郷の滝桜(別名、又兵衛桜)は、同じ平地にあっても遅咲き品種のため、他のサクラより数日遅れて満開を迎える。ゆえに、目的を定めてわざわざ訪れないと撮影時期が合わない被写体だ。何年目かのサクラ撮影で、やっと満開のタイミングに出会ったので、まず真っ青な空を背景に撮影。そのまま待機して、夕方の黄色い光を受けた夕桜、ライトアップで浮かび上がる夜姿と、ひと通りの表情を撮影することができた。
翌日は雨だったが、小雨の中で煙っている姿がまた魅力的だった。ベストな状況に出会ったら、想定できるあらゆるカットを撮影しておく、これも風景作家の鉄則である。
奈良は場所によってかなりの高低差があることも、開花時期のズレに影響している。談山(たんざん)神社や仏隆寺(ぶつりゅうじ)の千年桜はさらに遅れるが、もっと驚くのが5月に入ってもサクラが撮影できること。ゴールデンウィーク前後に長谷寺のボタンや室生寺のシャクナゲを撮影するために訪れたとき、東吉野山中の行者還(ぎょうじゃがえし)や伊勢本街道周辺の屏風岩でサクラに出会った。奈良はこんな土地柄なので、天候の影響で開花時期が多少変動しても、探せばどこかでサクラが満開を迎えている。どこでサクラと出会えるかを予測できないことも、わざわざ神奈川の鎌倉から通う身にとっては撮影の醍醐味のひとつなのである。目当てだったサクラの満開時期を外してしまったとしても、あきらめずに他のサクラを探してみたい。
サクラの時期は撮影が忙しく、昼食をゆっくり味わっている時間がないので、いつも車で毎日移動をしながらコンビニ食をとることになってしまう。これだけは残念でならない。
文・写真/原田 寛
1948年 東京生まれ。1971年 早稲田大学法学部卒業。日本全国の古都や歴史ある町並みを中心に撮影を続け、鎌倉の歴史と文化・自然の撮影をライフワークとしている。鎌倉風景写真講座を主宰し後進の指導にもあたる。作品集は『鎌倉』『鎌倉Ⅱ』(ともに求龍堂)『四季鎌倉』(神奈川新聞社)『花の鎌倉』(グラフィック社)など多数。