暑さも一段落して、吹く風にも秋の気配が漂いはじめる初秋の奈良は、古代人の息吹を肌で感じる絶好の季節。のびやかな田園風景の中で、身体いっぱいに秋の季節感を満喫したい。
(文・写真/原田 寛)

■1:白毫寺のシラハギ(奈良市白毫寺町)

万葉集で最も詠まれている植物といえばハギ。古都に似合う花のひとつである。

奈良でハギの寺の代表といえば白毫寺。山門を抜けると参道の両脇に、シラハギが長い花房を秋風に揺らし、清楚な花を咲かせている。

初めてこの寺を訪れたときは、満開感がないので時期がずれているのかと思った。いくら秋の寂しげな花といっても、地元鎌倉ではもう少し鮮やかな印象があるのだ。

ところが、元興寺や新薬師寺などを訪れても同じような印象を受けるので、やがてハギの種類が違うことに気づいた。サクラ同様、大和のハギはより古代品種に近いおとなしい花姿なのだと今では納得している。

初秋を代表する花風景といえば、白毫寺の清楚な白ハギ。

奈良の初秋を代表する花風景といえば、白毫寺の清楚な白ハギ。撮影/原田 寛

■2:笠山のソバ畑(桜井市)

ソバというと信州の印象が強いので、この地を初めて訪れた時は奈良のソバ畑といわれても半信半疑だった。ところが、笠山荒神社の北側、丘の上一面にソバ畑が広がっている光景を見て驚いた。歴史はそれほど古くないようだが、その規模感は風景写真としても十分だった。

真っ青な秋空の下で眺めるソバ畑も、秋の爽やかさを感じられて魅力的だが、この場所はちょうど朝日を背景に撮影できる。まだ夜も明けやらぬうちから三脚を構えて待っていると、しだいに空が白みはじめて暗がりの中からソバの花が浮かび上がってくる。

幻想的な風景を撮影できるので、この季節になるとつい夜明け前から訪れてしまう。

一面のソバ畑を前にした朝焼け。

一面のソバ畑を前にした朝焼け。撮影/原田 寛

■3:本薬師寺跡のホテイアオイ(橿原市城殿町)

都が平城宮に遷るとともに西の京に移転した藤原京。その薬師寺があった場所である。

水田には約4,000株のホテイアオイが植えられている。金魚などの水槽に植えられることもある水草で、茎の一部が布袋尊の大きな腹のように膨れることからの命名らしい。

西に目を向ければ大和三山の一つ、畝傍山(うねびやま)がちょうど背景になってくれるので、夕方この地を訪れると格好の被写体になる。

この花はアフリカ原産の外来種と聞いて最初は多少抵抗感もあったのだが、今ではすっかり古都の風景に馴染んでいる。

夕日を背景にした幻想的な風景。

夕日を背景にした幻想的な風景。撮影/原田 寛

■4:細川集落の稲田(高市郡明日香村)

明日香一帯は、平城京に都が遷るまで大和の中心地。そして、古代の日本が稲作を中心とした葦原瑞穂国であったことを考えると、この稲田は日本の原風景ではないかとさえ思えてくる。

背景の二上山は、地元鎌倉なら富士山のようなランドマーク。5月末には田んぼに水が張られ、夕暮れ時には二上山に沈む夕日が棚田に映り込む。

青田の季節も瑞々しい魅力があるし、秋には一面黄金色に色づいた稲穂と、四季折々の農村風景が楽しめる撮影地である。

二上山を背景に穂を垂れる稲田。

二上山を背景に穂を垂れる稲田。撮影/原田 寛

■5:葛城古道を彩るヒガンバナ(御所市森脇)

三輪山麓に大和朝廷が成立する以前には、葛城山麓に葛城王朝があったといわれている。葛城氏と鴨氏の地元で、三輪山麓に「山辺の道」があるように、葛城山麓には「葛城古道」がある。この一帯は、「まほろば」とも形容される古代国家の面影を色濃く残している。

奈良でヒガンバナといえば仏隆寺があまりに有名だったが、ここ数年あまり状態が良くない。一言主神社周辺にある稲田の畦道に咲くヒガンバナは、現状では奈良随一の景観ではないかと思っている。

葛城山を背景にした畦道に咲くヒガンバナ。

葛城山を背景にした畦道に咲くヒガンバナ。撮影/原田 寛

■付記:明日香地域の名物鍋

明日香地区は奈良中部の談山神社や長谷寺、吉野や葛城など、どこの撮影に向かうにも比較的アクセスが良く、道もほとんど混雑していないので、宿泊する機会が多い。周辺には飛鳥京観光協会加盟の民宿が10軒ほどあって、夕食に供される郷土料理の飛鳥鍋がとても気に入っている。

鶏ガラスープに牛乳や味噌などで味付けした鍋で、古代にはヤギの乳を使っていたという。微妙な味付けは宿によって異なるらしいが、具材は鶏肉とたくさんの野菜が定番。

明日香地区の民宿(一泊2食付6,000円)に泊まると夕食に供される飛鳥鍋。

明日香地区の民宿(一泊2食付6,000円)に泊まると夕食に供される飛鳥鍋。撮影/原田 寛

最初に泊まった「民宿・吉井」は、室内がとても清潔で女将の人なつっこい人柄も気に入って定宿にしている。とくにオーダーしなければ、1泊目は一般的な旅館料理で、2泊目が飛鳥鍋となる。撮影ツアーなど同行者がいる場合には、1泊でも飛鳥鍋を注文しているが、ボリュームもたっぷりでいつも大満足である。

昼は撮影食が中心なので、夕食にゆっくり郷土料理をいただけるのを毎回楽しみにしている。年に5〜6回は泊まっているので、最近は親戚の家に泊まっているような気がしている。明日香鍋を希望の場合は事前に連絡を。

■飛鳥京観光協会
住所:奈良県高市郡明日香村岡1220明日香村観光会館1階
TEL:0744-54-3240,2362
受付時間:8時30分〜17時
アクセス:石舞台古墳から徒歩10分

photo
文・写真/原田  寛(はらだ・ひろし)
1948年 東京生まれ。1971年 早稲田大学法学部卒業。鎌倉を拠点に古都や歴史ある町並みを撮り続け、鎌倉の歴史と文化・自然の撮影をライフワークとしている。鎌倉風景写真講座を主宰し後進の指導にもあたる。作品集は『鎌倉』『鎌倉Ⅱ』(ともに求龍堂)『四季鎌倉』(神奈川新聞社)『花の鎌倉』(グラフィック社)など多数。

 

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