歴史作家・安部龍太郎氏による『サライ』本誌の好評連載「謎解き歴史紀行~半島をゆく」。「サライ.jp」では本誌と連動した歴史解説編を、歴史学者・藤田達生先生(三重大学教授)がお届けしています。津軽半島編の第4回は、弘前城内で祀られていた豊臣秀吉の木像について解説します。

徳川家の目を盗んで弘前城内に祀られていた豊臣秀吉木像。

徳川家の目を盗んで弘前城内に祀られていた豊臣秀吉木像。

為信「霊屋」内部。

為信「霊屋」内部。


■弘前藩のミステリー

弘前藩初代藩主・津軽為信(つがる・ためのぶ)の菩提寺、弘前市にある革秀寺(かくしゅうじ)の霊屋(たまや)には、石田三成の次男・重成がもたらしたという秀吉像が安置されている。幸いにも、私たち一行はご住職の計らいで漆が多用された豪華な霊屋の内部に入ることを許され、金箔漆塗りの豪華な厨子(ずし)に入った小型の中年期と思われる立派な秀吉像と対面することができた。

それは、金箔の唐冠に桐紋付きの束帯(そくたい)姿で、金箔の杓を持ち、いささか伏し目がちの座像で、有名な秀吉像(宇和島伊達家所蔵)とは異なる趣があった。元は、弘前城内の北の郭(くるわ)の南東に附属する隠し曲輪というべき場所に建立された館神内に安置されたたもので、そこにはごく限られた者しか出入りが許されなかったという。

江戸時代を通じて、秀吉像が弘前城内で守護神として祀(まつ)られていたのだ。弘前藩においては、石田三成の子息がもたらした秀吉神像を崇拝し、三成の血統が藩重臣として藩政を預かっていたと考えてみただけで、なにやらワクワクしてくるではないか。

ところが、これは弘前藩に関するミステリーの序の口だった。杉山家(石田三成の子孫)に興味を持った私たちは、その墓所・宗徳寺(弘前市)を訪れてみた。探しあてた代々の墓には、すべて「豊臣」姓が刻まれているのである。弘前藩では、なんと杉山家が堂々と豊臣を名乗ることが許されていたのだ。

弘前市の宗徳寺にある杉山吉成(石田三成の孫)の墓石。 「豊臣姓吉成」と刻まれている。

弘前市の宗徳寺にある杉山吉成(石田三成の孫)の墓石。 「豊臣姓吉成」と刻まれている。

 

もちろん、石田氏に豊臣の血が流れているのではないし、豊臣姓が下賜(かし)されたのでもなかった。しかし、杉山家内外の者に秀吉と格別な関係にあった家という認識が浸透していたから、これが許されたものと推測する。

 

■弘前藩3代目藩主は三成の孫

これぐらいで驚いてはいけない。高台院(秀吉正室寧子)に仕えた三成の息女・辰姫が、石田重成と同じく津軽に逃れ、津軽藩二代藩主・信枚(のぶひら)の正室になったのである。しかも彼女は、三代藩主となる信義を生んだのだ。つまり、三成の血統が弘前藩主家に伝えられたのである。

しかし、その前に天海の計らいで、慶長18年に家康は養女満天(まて)姫(家康の異父弟・松平康元の息女)を信枚に正室として押しつけていた。これによって、辰姫は側室となってしまう。

最終版の家系図

弘前藩主歴代と徳川・石田氏

満天姫との衝突を気遣ってか、辰姫は弘前藩が関ヶ原の戦いの論功行賞として得た上野国大舘(群馬県太田市)に移され、大舘御前と称された。信枚は参勤交代の折は大舘に立ち寄ったという。元和5年(1619)1月、信枚の長男として信義をもうけたが、同9年にわずか32歳で亡くなってしまった。

ここで、これまで述べた複雑な人間関係を系図にして示したい。弘前藩は、石田三成に血縁関係のある藩主家と重臣家が支えた。しかも重臣杉山家は、豊臣姓を称していたのである。

満天姫も、元和6年(1620)に信枚との間に子息(後の津軽信英/のぶふさ)をもうけた。文武に秀でた信英は、正保4年(1647)に藩主候補として祭り上げられたが(正保の変)、信義の弾圧をうけて失敗した。

しかし明暦元年(1655)に信義が死去すると、信英は幼少の信政の後見人として藩政に実権をふるった。弘前藩は、秀吉を祭り三成の血を引く藩主を、徳川の血を引く一族が支えたのである。それは寛文元年(1661)に藩主信政は16歳になり、初めて国許入りするまで続いた。なお、信英の系統は後に一万石の支藩黒石藩の藩主家となった。

文/藤田達生
昭和33年、愛媛県生まれ。三重大学教授。織豊期を中心に戦国時代から近世までを専門とする歴史学者。愛媛出版文化賞受賞。『天下統一』など著書多数。

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