教科書では、室町幕府の滅亡は元亀4年(1573)とある。けれど室町幕府の15代将軍の足利義昭は、足利家ゆかりの備後・鞆の浦(広島県福山市)を根拠地として、虎視眈々と京都復帰を窺っていた──今号から、舞台を鞆の浦の沼隈半島に移した「謎解き歴史紀行〜半島をゆく」。歴史作家・安部龍太郎さんに同行する、戦国期を専門にする歴史学者・藤田達生先生(三重大学教授)による歴史解説編をお届けします。

↑写真左/鞆城跡から海上を望む筆者(手前右)たち(左は歴史作家の安部龍太郎さん)。

鞆城跡から海上を望む筆者(手前右)たち(左は歴史作家の安部龍太郎さん)。

夕暮れ時の鞆の浦。

夕暮れ時の鞆の浦。

筆者が備後鞆(とも)の浦(広島県福山市)に着目するようになったのは、今から約20年を遡る。

当時、紀伊の雑賀(さいか)一揆について調べる機会があったのだが、出会った古文書の推定年代が、従来とは異なって天正10年(1582)6月2日未明に勃発した本能寺の変直後のものとする確信を得たことが発端だった。それが、6月12日付土橋重治宛光秀書状写(森家文書、最近になって原本が出てきたことで、精度の高い写しだったことが確認された)である。

現代でもそうであるが、書状すなわち手紙には月日は書いても、わかりきっているため何年とわざわざ記すことはない。

したがって、作成年次を割り出す作業が必要になってくる。わずか一年でも推定を誤ると、まったく異なった歴史像を描くことになるので、研究者にとってもっとも慎重さがもとめられる作業となる。

この書状によると、光秀は「仰せの如く、いまだ申し通さず候ところに、(闕字)上意馳走申し付けられて示し給い、快然に候、然れども(平出)御入洛の事、即ち御請け申し上げ候、その意を得られ、御馳走肝要に候事―仰せのように、いままでに音信がありませんでしたが、(貴人の)ご意向をかなえるために奔走すべきことを命じられたことをお示しいただき、ありがたく存じます。しかしながら(貴人の)ご入洛の件につきましては、既にご承諾しています。そのようにご理解されて、(貴人へ)ご奔走されることが大切です―」と、雑賀の反信長勢力のリーダーであった土橋重治に対して伝えている。

しかも、重治が光秀に高野山や根来寺とともに和泉・河内方面へ援軍を派遣することを申し出ている。これを従来のように、天正5年の2月から3月にかけておこなわれた信長の雑賀一揆攻撃に関係する史料とみるのは不自然であり、6月12日という記載からも天正10年とみるのが妥当である。

したがって闕字(文書中に貴人に関する語が現れたときに、これに敬意を表するため該当する用語の前に空白を設けること)や平出(文書中に貴人に関する語が現れたときに、これに敬意を表するため該当する用語の前で改行すること)の扱いを受ける貴人とは、もはやこの世にはいない信長ではなく、鞆の浦にあった足利義昭その人以外に考えられない。

本書状の脇付(「御中」などのように手紙の宛先に添えて敬意を表する言葉)には「御返報」とあることから、重治書状への光秀の返書とみられる。これからは、重治が義昭の指示によって行動していること、光秀も既に義昭の上洛戦への協力を約束していたことが判明する。

尚々書(なおなおがき。追伸のこと)で、「なおもって、急度御入洛の義、御馳走肝要に候、委細(闕字)上意として、仰せ出さるべく候由也、巨細あたわず候―必ず(将軍の)ご入洛のことについては、ご奔走されることが重要です。詳細は(将軍から)お命じになられるので、委細につきましては申し上げません―」と断っている。あらかじめ義昭を奉じていたからこそ、このような指令を発したのである。

光秀が信長を討滅するには、主君殺しを正当化するばかりか、反信長勢力を糾合するためにも、かつての主人である現職将軍を奉じたのであろう(当時の義昭は将軍職のままだった)。なによりも山崎の戦いの前日にあたる6月12日の切羽詰まった状況にもかかわらず、軍事指揮権が義昭にあり、その指示を仰ぐようにと伝えたことは重要である。

明智光秀を謀反に走らせた信長の「四国政策」。次ページに続きます】

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