文・写真/柳沢有紀夫(海外書き人クラブ/オーストラリア在住)
木の陰に潜むクマがいる。のんびり塀にぶら下がるサルがいる。かと思えば仲良く手を振るライオンとキリン。
どこかの動物園の話かと思われるかもしれないが、これらすべてはある住宅街の日常風景だ。ご安心を。「都市封鎖の影響で、住宅街がサファリパーク化」という物騒な話でも、もちろんない。
これらの動物は、じつはすべて「ぬいぐるみ」。「テディベアハント」という名前の一種のムーブメントだ。
運動は散歩やジョギングのみの日々
2020年5月1日現在、世界の多くの都市と同様にオーストラリアのブリスベンでも「外出規制」が行われている。生活必需品の買い物はできるし、病院や薬局にも通えるが、レストランやカフェや酒場の店内での飲食は禁止(テイクアウトとデリバリーでの営業は可)。つまり「不要不急の外出は不可」という状態だ。
だが心身の健康のための運動は欠かせないということで、「散歩やジョギング」などは許されている。とはいえ車に乗って自宅から離れた場所に登山やウォーキングに行くのは禁止とされてきた(5月2日からは50キロ圏内なら可となる予定)。
というわけで場所の選択肢は「近所」しかないのだが、道路の数など限られている。1~2週間もすれば、近所の通りは完全制覇。そして同じ道ばかりでは飽きる。
散歩が「宝さがし」に
そうした状況の中、どこからともなく登場したのが、先ほどから紹介しているぬいぐるみたちだ。どこの誰かが始めたのかは不明だが、少しずつ自然発生的に広がった。先ほども書いたようにこのムーブメントの名称は「テディベアハント」。テディベアのベアは「クマ」だが、英語ではぬいぐるみ全体のこともこう呼ぶ。「ハント」は宝探しを「トレジャーハント」と呼ぶのと同様、「(獲物を)探す」といった意味だ。
ただただ歩いたり走ったりするだけよりも、「ぬいぐるみ発見」という「宝探し」的な要素が加わるため、散歩やジョギングも楽しくなる。昨日までいなかったぬいぐるみを発見できたり、おなじみのものでもちょっと衣装を変えているのを見つけたりしたときにはなおさらだ。
「外出」を始めたぬいぐるみたち
この「テディベアハント」のぬいぐるみたち、外出制限が始まった3月中旬から下旬ごろまでは、遠慮がちに「窓辺」に飾られているだけだった。通行人に発見してもらえるように、窓の外を見るぬいぐるみたち。……なんとなく哀愁が漂っていると感じたのは気のせいか「人間ばかりが外を出歩いてズルいぞ」と。
ところが、だ。しばらくするとぬいぐるみたちは繰り出してきた。バルコニーへ、玄関脇へ、庭へ、門柱へ、塀の外へ。おそらくこの「外出」の理由は2つある。1つは「飼い主」のみなさんが「窓の内側じゃ家の中を覗いてくれって言っているようなものだ」とプライバシーを重視したこと。もう1つは「窓辺に飾るだけじゃ道行く人に気づかれないかもしれないし……なんかもっと楽しい飾り方があるんじゃないか」とエンターティメント精神を発揮したことだ。
規制で逆につながりだしたコミュニティー
さらに進んだ楽しみ方もある。地域ごとのボランティアがこのテディベアハントの「フェイスブックページ」を作成。中には「地図アプリ」もつくり、どこにぬいぐるみがいるかわかるようにもしているところもある。
オーストラリア国内で最も活発なグループの一つである「テディベアハントNSW(ニューサウスウェールズ州の略)」の4月30日時点の会員数は500人を超え、1日の平均投稿者数は約210件。だが2週間前の4月16日にはなんと約480件あったから、少々「乱獲」しすぎたのかもしれない。それでもフェイスブックページ内での交流は盛んと言えるだろう。
現代社会で希薄になりつつあった「ご近所さん」とのつながり。だが外出規制の副作用で、復活し始めている。これを一時的なものにするか永続的なものにするかは、私たち次第だ。
さっ、原稿も書き終えた。また宝探しに出かけよう!
文・写真/柳沢有紀夫 (オーストリラア在住ライター)
柳沢有紀夫(やなぎさわ・ゆきお) 文筆家。慶応義塾大学文学部人間科学専攻卒。1999年にオーストラリア・ブリスベンに「子育て移住」を敢行。世界100ヵ国300名以上のメンバーを誇る現地在住日本人ライター集団「海外書き人クラブ(http://www.kaigaikakibito.com/)」の創設者兼お世話係。『値段から世界が見える!』(朝日新書)、『ニッポン人はホントに「世界の嫌われ者」なのか?』(新潮文庫)、『ビックリ‼ 世界の小学生』(角川つばさ文庫)など同会のメンバーの協力を仰いだ著作も多数。