文・写真/柳沢有紀夫(海外書き人クラブお世話係/オーストラリア在住ライター)
英国のエリザベス女王の配偶者であるエジンバラ公フィリップ殿下が逝去された2021年4月9日。世界中の多くの国々が悲しみに包まれた。
私が住むオーストラリアでも、翌日の朝刊では一面トップ記事のみならず、大きな特集が組まれ、ニュース専門ラジオ「ABCニュース」も延々とその功績などを伝えた。オーストラリアが英連邦の一員(ちなみに同国の国家元首は英国の「エリザベス女王」。つまり他国の人が国家元首となっている)であることを差し引いたとしても、異例の扱いだ。
なぜ殿下の逝去がこれほど大々的に報じられたのか。その理由の一つとして、殿下がオーストラリアを特に愛したことが挙げられる(報道によると少なくとも21回訪問。ちなみにエリザベス女王は16回なので、それよりも5回も多い)。
だがさらに大きな理由は、殿下が残した「エジンバラ公アワード(Duke of Edinburgh’s International Award Australia)」を獲得した人が、この国だけでもじつに77万人以上いて、殿下の想いが受けつがれていることが挙げられる(ちなみにオーストラリアの総人口は約2500万人なので、77万人は3パーセント強にあたる)。
その「エジンバラ公アワード」とは何か? まずその歴史からひも解いてみたい。
始まりは1956年の英国。エジンバラ公フィリップ殿下が「あるべき青少年の姿」をイメージしてつくられたのが、「エジンバラ公アワード」だ。そのわずか3年後の1959年には、地球の反対側に位置するオーストラリアでも開始された。
そして2021年5月現在、144以上の国と地域で実施されている(中には「エジンバラ公」の名がとれて、異なる名称になっている国々もある)。
オーストラリアのエジンバラ公アワード協会によると、その目的は「14~24歳の若者たち」が「自分たちの持つ可能性を最大限に引き出し」、「自分たちの目標、情熱、世界においての居場所(やるべきこと)を見つける」ことである。
プログラムの内容は「スポーツ」「(芸術などの)技能」「ボランティア活動」「冒険的旅行(アウトドア活動)」の4つの項目に分かれている。各項目ではやるべきことのリストがあり、その中のどれかを選べばいい。そして各項目の達成度合いによって「銅賞」「銀賞」「金賞」が与えられる。
たとえば「ボランティア活動」では「救助活動隊やライフセーバーでのボランティア」「病院や高齢者施設でのボランティア」「スポーツのコーチ」「チャリティー活動」などから自分にあったものを選ぶ。こうした選択制なのは、このプログラムの目的が前述のとおり、若者たちが「自分たちの持つ可能性を最大限に引き出し」、「自分たちの目標、情熱、世界においての居場所(やるべきこと)を見つける」ことだからである。期間は銅賞の場合3ヵ月以上、銀賞の場合6ヵ月以上、金賞の場合12ヵ月以上とそれなりに長期だ。
この「エジンバラ公アワード」の銅賞を15歳のときに獲得したというキャサリンさん(仮名)に話を聞いた。
彼女の母校では毎年何人もの生徒が「エジンバラ公アワード」に参加する伝統があり、彼女も10名程度の校友たちとともに参加した。やろうとした理由は「今までやったことがない経験ができ、仲良しのクラスメイトと励ましあって参加できそう」だったからだ。
「スポーツ」の中で彼女が選んだのは興味があった「バドミントン」。「(芸術などの)技能」では「合唱隊」。「ボランティア活動」は「購買部でのお手伝い」。このあたりはもともとやっていたり、興味があったことを選んだという。
4つの項目の中で断トツにおもしろかったのは、「冒険的旅行(アウトドア活動)」で選んだ「1泊2日のサバイバルキャンプ」だ。「サバイバル」の名がつくとおり、事前に包帯の使いかたやヘビに噛まれたときの対処法、人口呼吸法などの応急処置法も事前に学んだ。
そして当日はボランティアであるリーダーの先導のもと、約10名の一行は、食料はもちろんテントも交代で担いで、森の中を3時間ほど行軍。ちょっと開けた草むらのような場所に3~4ずつ入れるテントを設営した。
満天の星のもと、冷凍して持参したミートソースペンネなどで夕食をとったあと、テントの中で仲間とおしゃべりしている間にいつしか眠りに落ちていた。
2日目はインスタントスープとホットチョコレートとパンの朝食。再び10キログラム以上の荷物を背負って、今度は山登り。午後3時過ぎにようやくスタート地点に戻ったときには疲労困憊だったという。
ボランティア活動など他の項目もそれなりに大変で、時間も取られる。だがキャサリンさんは「後輩や、いつか自分の子どもができたら絶対にやるべきよと勧めます」と語る。「どの活動も自分で一から手配しようと思ってもなかなかできませんし、そもそも一人ではなかなか踏み出す気力がわいてきません。たとえばボランティア一つとっても、やりたい気持ちはあってもどこに行ってどう頼むのかを考えると、二の足を踏んでしまいます。でも、エジンバラ公アワードの一環であれば、お願いもしやすいし、先方にも理解してもらいやすい。1泊2日のサバイバルキャンプだって、同世代の友だちだけでゼロから計画して実行するのはかなり困難ですよね。あれこれ新しいことにチャレンジするための土台を用意してもらって、本当にありがたいことでした」
エジンバラ公フィリップ殿下の遺志は、これからも多くの人たちに受け継がれていくだろう。
Duke of Edinburgh’s International Award Australia https://dukeofed.com.au/
文・写真/柳沢有紀夫 (オーストリラア在住ライター)
文筆家。慶応義塾大学文学部人間科学専攻卒。1999年にオーストラリア・ブリスベンに子育て移住。世界100ヵ国300名以上のメンバーを誇る現地在住日本人ライター集団「海外書き人クラブ(https://www.kaigaikakibito.com/)」の創設者兼お世話係。『値段から世界が見える!』(朝日新書)、『ニッポン人はホントに「世界の嫌われ者」なのか?』(新潮文庫)、『世界ノ怖イ話』(角川つばさ文庫)など同会のメンバーの協力を仰いだ著作も多数。