文・写真/倉田直子(海外書き人クラブ/オランダ在住ライター)
運河の国であるオランダ。首都アムステルダムを始め、デンハーグやユトレヒトなど、都市の運河はその美しさで人々を魅了し続けている。かつては輸送、水管理、都市防衛などに使用されてきた運河であるが、現代では娯楽や社交の場に変化を遂げている。国王の誕生日など、何かお祝い事があると人々はこぞってボートで運河に繰り出すし、友人とボートの上で語り合うのもオランダ人らしい休日の過ごし方だ。そんな風に水上で過ごすことが大好きなオランダ人が、「水上に住みたい」と考えるのは自然の流れではないだろうか。オランダ人の憧れの「ハウスボート」について紹介したいと思う。
運河とともに生きる人々
「ハウスボート」とは、運河に浮かぶ「居住型の船」のこと。オランダ語では「woonboot」(住む船)と表現している。このハウスボートとオランダ人の付き合いは長く、1652年のアムステルダム市議会の記録から、この頃からすでにハウスボートは運河に係留していたことが推測できるという。
現代社会においてそのプレゼンスが向上したのは、1950年代以降。第二次世界大戦後の混乱と人口増加で住宅供給が追い付かず、人々は運河にも次々と住むようになったのだという。意外かもしれないが、オランダの人口密度は日本よりも高い。日本の九州とほぼ同じ大きさの国土に、約1730万人(2019年現在)が住んでいる。そのため、特にアムステルダムのような大都市では、今なお住宅不足問題が人々を悩まし続けている。オランダ全土で約1万世帯、アムステルダムだけで約2千500世帯あるという水上住宅・ハウスボートが重要な役割を果たしていることは想像に難くない。
ハウスボートの形状と暮らしぶり
ひとくちにハウスボートといっても、いくつかの形状がある。まずは、昔ながらの「船をそのまま住居に改造した」構造。
1960年代からハウスボートとして使われていた船を、博物館にし公開している「ハウスボート博物館」がアムステルダムにある。その内部を見学すると、驚くほど暮らしが「普通」だったことが見て取れる。
ダイニングスペースや暖炉、寛ぐためのリビングコーナーも確保されている。
もちろん、ベッドとトイレ&シャワーも完備されていた。この空間は先ほどのメインホールとは区切られているので、プライバシーの考慮も感じ取れる。
ちなみにこのハウスボートは、幅4.5メートルで長さは23.3メートル。居住可能面積は約80平方メートルにもなるという。外観から感じる印象よりも、はるかに広々としているのだ。
こういったオーソドックスな基本形以外にも、「シャーク」という通称をもつ「船に箱を乗せたような形状のハウスボート」がある。
けれど最近の主流は、この「箱舟」と呼ばれる長方体のハウスボートだ。日差しによる室内の高温化を避けるため、屋上は緑化されていることも多い。環境問題にも貢献すると、環境意識の高い住人たちに屋上緑化は好まれている。
厳格な停泊場所の制限
ハウスボートは好き勝手に運河に停めているわけではない。係留できる場所は自治体が厳密に決めていて、ボートの持ち主は自治体に正規の住所(係留する場所)を登録する必要も。そうすれば電気や上下水道も引けるので、インフラに関しては地上と遜色ない生活が送れるのだ。正規の家として認められているので、郵便物もきちんと配達してくれる。
しかし、運河における係留場所は既に定員に達してしまっているという。今では新規の係留許可が政府から降りなくなってしまったため、現存するハウスボートを売買や賃貸で回さなくてはいけないのだ。ハウスボート専門の仲介業者も存在するので、その人気のほどがうかがえる。
かつては地上の家に住めない恵まれない人々が住んだハウスボートが、その人気やメンテナンス費や税金含む諸経費の高騰でステータス物件になってしまったのは、なんとも皮肉だ。
水上の豪邸登場
そんな中、2019年5月に究極の「水上のステータス物件」が現れオランダ国内で話題を呼んだ。
様々なスタートアップ企業がひしめくアムステルダム北部の工業地帯内の運河に、新規で水上居住区が作られたのだ。46世帯・約100名が住めるその居住区の名前は「Schoonschip」(美しい船)。
沿岸からは、このように見える。
ハウスボート同士も、ウッドデッキ経由で行き来できる。「ヴィラ」とも呼ばれるこの豪邸たちは、地上で例えるならタワーマンションに相当するほどのゴージャスさとインパクトだ。
ちなみにハウスボートは、家の数か所をこのように杭に固定して漂流を防いでいる。
ハウスボート愛好家たち垂涎のこの水上の豪邸たちは、すべてオーダーメイド。入居者たちは、2008年に発足したこの水上居住区のプロジェクトに最初から携わってきたのだという。11年の時を超えてやっと完成した家たちなので、居住権が他人に譲渡されたりはしないだろう。残念ながら、アムステルダムのハウスボート不足解消に貢献することはなさそうだ。
アムステルダムに係留するハウスボートの中には、民泊仲介サイトを通して宿泊できる場所もある。アムステルダム観光の際には、「この街らしさ」を堪能するために、そういう場所で寝泊まりしてみるのも一興ではないだろうか。
ハウスボート博物館ホームページ https://houseboatmuseum.nl/
(Houseboat Museum / Prinsengracht 296 K 1016 HW Amsterdam)
Schoonschip公式ホームページ http://schoonschipamsterdam.org/
アムステルダム市内協会(VVAB)公式ホームページ(ハウスボートの歴史) http://amsterdamsebinnenstad.nl/binnenstad/181/pleziervaart.html
文・写真/倉田直子 (オランダ在住ライター)
北アフリカのリビア、イギリスのスコットランドでの生活を経て、2015年よりオランダ在住。主にオランダの文化・教育・子育て事情、タイニーハウスを中心とした建築関係について執筆している。海外書き人クラブ(http://www.kaigaikakibito.com/)会員。