文・写真/倉田直子(海外書き人クラブ/オランダ在住ライター)

オランダの薬局の看板「Gaper」

今でこそオランダは欧州の小国(国土は九州と同程度)だが、17世紀の大航海時代には、一時代を築いた大海運国でもあった。鎖国中の日本とも出島を通して通商していたように、広く世界から様々な物品を輸入していたのだ。様々な文化や人種と貿易を通して触れ合うようになるが、現代とはモラルやポリティカルコレクトネスが全く異なる当時のことなので、今では問題になる表現もとられていた。昨今注目される「ブラックライブスマター」にも関連する「Gaper」を、今回は紹介したい。

アラビアの商人「ムーア人」

昔ながらの薬棚が残る薬局(2017年撮影)
熱心に買い物をする顧客(2017年撮影)

17世紀を中心とする大航海時代のオランダ人は、北アフリカなどからハーブや薬品の原料を輸入するようになった。その頃の雰囲気を残す薬局がまだ国内にあり、コロナ前は顧客で常に賑わっていた(現在は、店内に同時に入れる人数が制限されている)。

「Gaper」を掲げる薬局(2017年撮影)

大航海時代は識字率が低かったという時代背景もあり、庶民は「薬局」と文字で書いた看板を掲げても読むことができなかった。そのため薬局は、薬品の原料原産地にちなみ「ムーア人」の頭部を模したオブジェ「Gaper」(発音はガパーとハパーの中間)を薬局のシンボルとして掲げるようになる。ムーア人の解釈はいくつかあるが、主にアフリカ北西部などのアラビア人を指すことが多い。

ムーア人の頭部を模した看板「Gaper」(2017年撮影)

当時のオランダの庶民は、Gaperを見ると、そこが薬局だと認識できたという。Gaperは驚いたような表情にも見えるが、口を開けているのは薬を飲もうとしているからだという。

Gaperと人種表現

肌を青く塗り替えられたGaper

現代では、オランダでも薬局のチェーン店経営のドラッグストア化が進み、Gaperを掲げる昔ながらの薬局は希少になった。コレクターが個人的に収集したりGaper専門博物館が作られたりもしたが(現在は閉館)、営業中の薬局の看板としては、国内には数えるほどしか残されていない。その希少な現役Gaperの中にもポリティカルコレクト的観点からは正しくない表現のものもあり、ハーレムという街の薬局「Drogisterij Van der Pigge」(https://www.vanderpigge.nl/)のGaperは、2019年に肌を青く塗り替えられた。人間ではなく、何か地球外生物のような容貌になっている。

デンハーグにある薬局の外観
ピエロのような容貌のGaper

ただし全てのGaperが有色人種を模していたわけではない。デンハーグという街の薬局「Drogisterij van der Gaag」(http://drogisterijvandergaag.nl/)のGaperは、ピエロのような容貌で表現されているので、昔ながらの姿のまま残されている。

Black Lives Matter問題で再注目

中には、対応に乗り遅れた薬局もある。アムステルダムにある「Het Heertje」(https://www.bewustwinkelen.nl/afhaalpunten/drogisterij-het-heertje)という薬局のGaperは、2017年に何者かに盗まれ、その後レプリカを掲示していた。しかし今年7月、オランダの有力紙「De Volkskrant」に執筆するコラムニストが自身のツイッターで「これが、アムステルダムの中心地に掲げられていることは驚くべきことだ 」と写真付きで投稿(https://twitter.com/sylviawitteman/status/1279743247296970752)。世界中でBlackLivesMatter運動の熱が高まり、オランダでもデモなどが行われていたということもあり、店主自らがGaperの撤去を決定した。

ハーレムの薬局に飾られた小型のGaper。人種差別的なものも残されている

Gaperは元々、17世紀に文字が読めなかった庶民のために始まった習慣。多くのGaperの人種表現に問題があったが、薬を飲むために口を開けた胸像そのものが悪いという訳ではない。アムステルダムの薬局は、何かポリティカルコレクトネスに抵触しない表現で新しいGaperを作って欲しいと思う。デンハーグの薬局のGaperのように、誰も傷つけない表現で伝統を繋げていって欲しいものだ。

「Drogisterij Van der Pigge」
住所:Gierstraat 3, 2011 GA Haarlem
電話番号:+31(0) 23 531 2454
公式ホームページ:https://www.vanderpigge.nl/

文・写真/倉田直子(海外書き人クラブ/オランダ在住ライター)
北アフリカのリビア、イギリスのスコットランドでの生活を経て、2015年よりオランダ在住。主にオランダの文化・教育・子育て事情、タイニーハウスを中心とした建築関係について執筆している。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。

 

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