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「バテレン追放」|日本の植民地化危機を救った秀吉の決断【半島をゆく 歴史解説編 西彼杵半島2】

● 軍事要塞化が進んでいた長崎

長崎の要塞化に危機感を抱いた豊臣秀吉(豊国神社の銅像)

長崎の要塞化に危機感を抱いた豊臣秀吉(豊国神社の銅像)

天正15年3月1日に大坂から九州に向けて出陣した秀吉は、同月21日に赤間関(山口県下関市)に到着し、先発の実弟秀長と合流した。これより軍隊を二分し、秀吉は筑前・筑後・肥後経由で、秀長は豊前・豊後・日向経由で島津氏の薩摩をめざすことが決定する。

戦闘は激烈を極めたが、先陣をきって活躍したのは高山右近・黒田孝高・蒲生氏郷らキリシタン大名だった。彼らにとってこの戦いは、島津氏に蹂躙された大友氏ら九州のキリシタン勢力を救済する聖戦だったからである。

秀吉は、島津氏を降した後に筑前筥崎宮(福岡市)に滞在して仕置(戦後処置)をおこなったが、その折に有名なバテレン追放令を発令した。教会領となっていた長崎の要塞化を知った秀吉が、キリスト教の浸透を危惧し、重用していたキリシタン大名高山右近に棄教を迫ったが拒絶されたのを受けて、ただちに断行したのである。

バテレン追放令は、直前に発令された賊船禁止令とも相俟って、外交からキリシタン大名を排除して南欧国家の侵略に備えるとともに、莫大な利益をもたらす生糸に代表される南欧貿易を秀吉が独占するための、必要不可欠な方策だったといえるであろう。

秀吉の宣教師に関する認識は、正しかった。たとえば、宣教師コエリゥがフィリピンのイエズス会布教長アントニオ・セデーニョに認めた1585年3月3日付の書簡には、「(マニラ)総督閣下に、兵隊・弾薬・大砲及び兵隊のために必要な食料、1、2年間食料を買うために必要な金を充分搭載した3、4艘のフラガータ船を、日本のこの地に派遣していただきたい」と記されている。宣教師たちが、長崎に武器弾薬を配備して要塞化する一方で、マニラを拠点とするスペイン艦隊の来援を要請していたのである。

スペイン艦隊が精兵を率いて戦国大名間の戦争に介入すれば、植民地化のきっかけになることは火を見るより明らかだったのだ。当時、世界の銀の3分の1まで産出したといわれる日本に、彼らが興味をもたないはずはなかっただろうから。

近年の研究によると、庇護を受けていた大村氏や有馬氏らキリシタン大名の軍事力に期待できないことを知ったイエズス会が、長崎の要塞化を通じて軍事的自立をめざしたことが指摘されている。情報通の秀吉が、このような不穏な動きを知らなかったはずはないだろう。

これに対応して、秀吉は藤堂高虎を長崎に派遣して政権の直轄領へと編入したのであった。キリスト教の布教と一体になった植民地化というアジア諸地域で進んでいた深刻な事態を、ごく初期に回避したという点では、秀吉の政治感覚を評価するべきであろう。

ただし、長崎のキリシタンたちは高虎方の役人に賄賂を掴ませて、秀吉の命じた教会や城壁の破壊はおこなわせなかった。高虎は、それを知っていただろうが、特に強制もしなかったようだ。しかも、秀吉が収公を命じた長崎・茂木・浦上についても、元の領主である有馬氏や大村氏にいったんは返却したようだ。天正16年になって、長崎は秀吉の直轄領になる。ここに長崎代官が置かれ、豊臣政権が南欧貿易を独占することになった。

文/藤田達生
昭和33年、愛媛県生まれ。三重大学教授。織豊期を中心に戦国時代から近世までを専門とする歴史学者。愛媛出版文化賞受賞。『天下統一』など著書多数。

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