文・写真/バレンタ愛(海外書き人クラブ/元オーストリア在住、現カナダ在住ライター)
カナダの名産品「メープルシロップ」の作り方
世界中で作られているメープルシロップの7割はカナダ産で、その中の9割以上はケベック州で作られている。ケベック州以外では、メープルシロップが採れる楓の樹木が分布しているオンタリオ州の南東部からアメリカ北東部にかけてが主な産地だ。
さてこのメープルシロップ、どのように作られているかご存じだろうか? 楓の樹液だという事は知っていても、実際どのように集められて、どのように作られているか私もカナダに来るまで知らなかった。メープルシロップを生産している農家などを訪ねて、その様子や生産方法だけではなく、シロップ以外の様々なメープル製品も合わせて見てみよう。
楓の樹液がとれるのは毎年2月末~4月の雪解けの時期だ。晴れた日の昼間に気温がやっとプラスになる日が少しずつ増えて来て、凍っている雪が段々解けてくると、楓の木の中に樹液が流れ始める。その時期に合わせて木の幹に穴を開け、蛇口とバケツを取り付けると樹液がバケツの中に溜まっていくという仕組みだ。
気温がプラスになると言っても、上がりっぱなしではなく、雪や氷が解けてはまだ凍り、そしてまだ雪も降り、解けて凍ってを繰り返す。メープルの収穫に直接関係ない一般人の私にとっては、「まだ雪降るの?いい加減にもう止めて欲しい」と思ってしまうこの時期の雪だが、その気温の変化が楓の樹液収集には大事なポイントなのだ。メープル農家の人はこの時期に降る雪が、恵の雨ならぬ恵みの雪になるようで、「Suger snow」と呼んでいる。
小さなファームだと、このバケツに溜まった樹液を人が集めて回る。今でも馬に牽かせた大きなソリの付いた荷馬車を使って集めている所もあるが、スノーモービルを使って集めていたり、大きなファームでは蛇口が繋がっているチューブが楓の林一帯に取りつけられて、電動で集められていたりと現代化も進んでいる。また新たなメープルの林などを見つけるのにGoogle Earthを使って探すというなど、伝統の名産品と最新テクノロジーの組み合わせも本当に興味深い。
集めた樹液を煮詰めてメープルシロップにするのだが、40リットルの樹液から出来るのはたった1リットルだ。分かりやすくいうと、楓の木に取り付けてあるバケツ40個の樹液からたった1個分のメープルシロップが出来るのだ。
昔は薪を炊いてその上につり下げた鉄鍋で樹液を煮詰めていたようだが、その様子や道具などを展示してあるファームもあり興味深い。
今でこそ室内で現代化された機械を使い生産されているが、煮詰めると40分の1に減るメープルシロップを大量に生産するのはやはり労力も時間も相当かかる上、ほとんどのメープル農家は家族経営だ。大きな工場で大量生産される訳ではないので、品質の良い100%のメープルシロップがそれなりの料金なのも納得出来るだろう。
ファームの中には収穫時期に合わせて、期間限定で「パンケーキハウス」と呼ばれるレストランをオープンする所もある。その名の通りパンケーキがメインのレストランだが、メープルで煮込んだ豆や、メープルベーコン、ソーセージにオムレツなどが提供される。
パンケーキハウスによってレシピやメニューが少しずつ違い、バイキング形式の所やコースでの提供のみ、単品で注文出来る所など利用システムも様々だ。そのファームが作った自家製メープルシロップがテーブルに置いてあって、たっぷりとかけて食べられるのもパンケーキハウスの魅力の1つだ。かなり前もって予約しないと行けない所から、予約を受け付けない所まである。この時期に、メープルファームでしか楽しめない期間限定のパンケーキハウスは、年に一度は行っておきたくなる。
パンケーキハウスを経営するファームでは、同時期に様々なイベントも開催している。首都オタワ周辺にもいくつかそのようなファームがあり、期間中はたくさんの人が訪れる。馬がひくソリの付いた荷台に乗って敷地内を回れたり、メープルシロップの生産過程が良く分かるガイドツアーへの参加、昔の人がしたようにバケツを手に溜まった樹液を集めて回ったりと、家族みんなで楽しめる貴重な文化体験が出来るのだ。
他にもメープルシロップを更に煮詰めて作ったタフィーと呼ばれる状態のものを氷の上に流し、小さなスティックで巻き取って飴のようにして舐められる「taffy on the snow」もイベントの名物だ。メープルシロップの味を濃厚にした飴のようなもので、様々なオタワの冬のイベントでも味わう事が出来る。ただでさえ寒いのに、氷も一緒に巻き取られていたりしてちょっと冷たい時もあるが、見かけたら一度は試して欲しい一品だ。
メープル農家にも色々あって、メープルシロップの収穫生産時期以外は野菜などを育てている農家、動物を飼っていたり、メープル製品だけ売っている農家など様々だ。そして自家製のメープル製品を販売している所もある。メープル製品というのはメープルシロップだけではない。メープルシロップクリームを挟んだ「メープルクッキー」、タフィーを固めた「メープルキャンディー」、食パンに塗って食べられる「メープルバター」、他にも「メープルチョコレート」や「メープルキャラメル」、粉末状にした「メープルシュガー」や、そのメープルシュガーを使って作った「メープル綿あめ」などまで本当にその種類は多い。
そして驚くなかれ「メープルワイン」や「メープルウィスキー」などのアルコール飲料や「メープルティー」、ハーブやコショウなどメープルを使ったスパイス、バーベキュー用のソースや、サラダドレッシングに至るまで幅広くメープル製品が作られている。さらには「メープルハンドクリーム」やボティーローションにリップスティックなど、食品の枠を越えたメープル製品まである。確かに料理の時に砂糖を使うので、その代わりにカロリーが低く栄養価の高い天然メープルシロップを使うのもヘルシーだし、いい香りがするのでボディーケア商品になるのも頷ける。
今はインターネットなどで様々な情報が手に入るが、やはり自分の目で見ること、体感する事によって写真で見たり、文字で読んだりする以上の実体験が出来る。このような経験は子供だけではなく、大人にとっても学ぶことは多い。2月末から4月にかけてカナダに来ることがあれば、是非ファームやパンケーキハウスを訪問してみて欲しい。他の時期にもイベントを開催しているファームもあるし、オンラインで商品を販売している所もある。もっと言えば普通のスーパーやマーケットでも様々なメープル商品が手に入るし、レストランやお店でもメープル味のメニューも良く出会う。メープルシロップだけではなく、様々な形でカナダの名産品に迫ってみて欲しい。
首都オタワ市内にあるMuseo Parkは小さいながらメープルの林もあるし、パンケーキハウスも併設している。4月の週末はイベントも開催されている。オタワ中心部から30分くらいの所には動物などもいるStanley’s Olde Maple Lane Farmがあり、ここではイースターやクリスマスのイベントも開催される。オタワの中心地から70kmほど西南に行ったところにあるFulton’s Pancake House & Sugar Bushでは広大な敷地内をたっぷり歩けるトレイルもあるし、数多くのメープル製品を生産販売、オンラインショップまである。またオタワ郊外にあるLog Farmでは、メープル収穫の体験が出来たり、1800年代半ばのファームの暮らしの様子や動物たちを見ることが出来る。どこもカナダの歴史や文化を知り、とても興味深い体験が出来る場所だ。
カナダの名産品メープルシロップは、ホットケーキにかけるだけの物ではない。そしてこれからも「メープルシロップがこんな物に!?」と、想像出来ない形や場所で出会うかもしれないのが楽しみだ。
文・写真/バレンタ愛
12年間のウィーン生活後、2016年よりカナダ・オタワ在住。長年のヨーロッパ生活とトラベルコンサルタントなどの経験を活かし、2007年よりフォトライターとしても幅広い分野において多数の媒体に執筆、寄稿、写真提供。海外書き人クラブ会員。