文・写真/バレンタ愛(海外書き人クラブ/元オーストリア在住、現カナダ在住ライター)

オーストリアの首都ウィーンで撮影された映画は数多くあるが、1949年に制作されたイギリス映画「第三の男」もそのうちの1つ。私たちが良く目にする美しいウィーンのイメージではなく、第二次世界大戦敗戦後の暗い影を残すウィーンで撮影されたフィルム・ノワール、いわゆる犯罪映画だ。アカデミー撮影賞(白黒部門)や、カンヌ国際映画祭でパルムドールに次ぐグランプリを獲得するなど、映画史に残る名作として知られている。2019年はこの映画が製作されてから70年、節目の年に、この映画のミステリーに迫ってみよう。

今ではウィーンの旧市街地1区は世界遺産にもなり、美しい街並みを見ることが出来るが、第二次世界大戦では大きな被害を受けた。街の象徴でもあるシュテファン寺院やオペラ座なども多くの打撃を受け、街中は瓦礫だらけだった。そして、オーストリアは戦後10年間、1955年10月26日まで連合国軍米英仏ソによる占領統治が行われていた。オーストリア全体も地方ごとに分けられていたほか、ウィーン1区内も4分割されていたのだ。復興が進みつつも分断の可能性を抱えていたウィーンで撮影されたこの映画には、貴重なその時代のウィーンの様子が収められている。

ウィーンの旧市街地1区

映画の中のストーリーも、まさにその占領統治が続いていたウィーンであり、その時代に生きていた人の様子を描き出している。元々はグレハム・グリーンが執筆した台本で、それを元に映画や小説にもなった「第三の男」だが、今回は映画のストーリーと共に話を進めてみよう。

ホリーは親友であるハリーから仕事に誘われアメリカからウィーンにやってくるが、到着するとハリーは殺されていた。そしてハリーの葬儀で出会ったキャロウェイ少佐に、ハリーは犯罪に手を染めていた密売人だと知らされる。その言葉を信じられないホリーは真実を突き止めようとする過程で、ハリーの恋人だった女優アンナに出会う。そんな中、ハリーが殺された現場にもう1人「第三の男」がいたと証言した管理人は、何者かに殺されてしまう。管理人殺しを疑われ、友情や愛情に翻弄されるホリーは帰国を決意するが、ある夜ウィーンの街で、死んだはずのハリーを見かけるのだった。友人を信じたい思いと、真実を突き止めたい葛藤を抱えながらも、ホリーはキャロウェイと協力しハリーを追い詰めていく。そしてウィーンの下水道での追跡劇が繰り広げられ、ハリーは死亡、最後は今度こそ本当にハリーが埋葬されたウィーン中央墓地でのシーンで幕を閉じる。

映画では、ウィーンの街が全編を通して映し出されていく。今見ることが出来る美しいウィーンの街並みではなく、建物や人々の生活に戦争の爪跡が残るウィーンが白黒の映像で映っている。犯罪の匂いがし、第三の男は誰なのかというミステリーに包まれたストーリーとよく合うウィーンの姿を見ることが出来るのだ。

映画の中に出てくる場所を訪れるというのは、今も昔も変わらないファンの楽しみの1つだ。今のウィーンは美しく修復され、世界中の観光客を魅了する世界遺産の音楽の街だが、撮影当時とほぼ同じ姿を観ることが出来る場所も多く残っている。

それらをいくつか挙げてみよう。オープニングで使われているウィーン市庁舎のアーケードと、その間から見えるウィーンで2番目に大きなヴォティブ教会。市庁舎前の広場では年間を通して様々なイベントが開催されているが、アーケードからは映画の中とほぼ同じ景色を見ることが出来る。

ウィーン市庁舎のアーケード

ハリーが住んでいたアパートメントが入っていた建物は、国立図書館前のJosefsplatzに面している。ハリーが車に牽かれて事故死したのもこの場所で、今でも映画の中と変わりない入り口付近を見ることが出来る。

ハリーが住んでいたアパートメントが入っていた建物

有名なザッハートルテが楽しめるカフェのあるホテルザッハーは、映画内でホリーが滞在しただけではなく、原稿を書いたグレハム・グリーンが台本を書く調査の為に実際に滞在していた。他にもウィーン1区内では王宮のミヒャエル門の彫刻や、ホーエマルクトのモニュメントなども映画の中と同じままだ。

王宮のミヒャエル門の彫刻

映画の中で存在感があるプラーターにある大観覧車も、今でもそのまま変わらない姿を見せてくれる。高さ65mの大観覧車は1897年に建設され、1つのワゴンは12人まで乗車可能という大きなものだ。回りにはいくつものアトラクションが建設され、大観覧車も含めプラーター遊園地として賑わっている。

プラーターにある大観覧車

ハリーが埋葬された場所として登場するのは中央墓地だ。市内中心部と空港の間にあり、中心部からは少し離れているが、ここも映画の中と同じ景色のままだ。映画の中に映っている墓石や石碑、そして最終シーンでアンナがホリーの前を通り過ぎて行った並木道もあの時と同じ姿を見せてくれる。1871年に開設され、シュトラウス親子、ベートーベン、ブラームス、シューベルトなど有名音楽家も埋葬されているので、観光スポットとしても人気の場所だ。

このようにウィーン市内にはいくつもの撮影スポットがある為か、ウィーンを訪れた時に映画の中に出てくる場所を知りたい、訪れたいという「第三の男」ファンも多い。そのファンの声と映画への情熱から、「第三の男ミュージアム」を作ってしまったご夫婦がいる。ウィーンの公認観光ガイドも務める、Gerhard Strassgschwandtner氏とKarin Höfler氏だ。ここでは世界20か国以上から集めた、3000点を超える映画関係のコレクションを見ることが出来る。コレクションの中には、アントン・カラスが映画のテーマ曲(ビールのコマーシャルに使われ、日本でも多くの人が知っているであろう)の録音に使った実際のチターや、1950年にウィーンで初上映された時に使用されたプロジェクター(実際に使うことが出来てショートフィルムも上映してくれる)など数々のお宝もある。

アントン・カラスが映画のテーマ曲の録音に使った実際のチター

1950年にウィーンで初上映された時に使用されたプロジェクター

またGehard氏はこの映画のコレクションを世界中から集め、その時代を知り、たくさんの人の話を聞いて行く中で、学校では習わなかった占領統治時代(1945~1955年)のウィーンの事も見えてきたという。その時代の事を知るのは魅力的でもあり、悲しくもあり、そして謎は尽きないと彼は語っている。その謎をも追い続けている為、彼らのプライベートコレクションは更に拡大中で、戦争により打撃を受けたウィーンの街並みの様子を記録した写真や映像、当時の新聞や書類、人々の証言など貴重な第二次大戦~戦後のウィーンに関する展示も多く観ることが出来る。それらの展示は、映画の背景だけではなく、当時の街や人々の生活の様子、ナチ時代~敗戦、占領統治を経て復興し、今のウィーンになるまでを考えさせられるとても興味深いものだ。

また「第三の男ミュージアム」併設ショップでは、それらの展示を集めたコレクションカタログや、映画のロケーションガイドブックも販売されている。ロケーションガイドは彼らが映画の中のシーンを写したボードを手に、実際にウィーン市内の現在のロケ地を回り、地図付きでロケ地ガイドとしてまとめたものだ。上記したように今でも数多くの場所で、映画撮影当時とほぼ変わらない建物が観る事が出来て、そのほとんどはウィーン1区内なので、通常の観光スポットと組み合わせながら回れるのも嬉しい。

映画のロケーションガイドブック

更に深く映画の世界とウィーンを知りたい人は、映画の中でハリーの追跡劇が繰り広げられた下水道をツアーで見学する事も出来る。ウィーンの街の下に広がる全長2500㎞の下水道で、現代的な下水システムを誇るものだ。「第三の男ツアー」と題された下水道見学ツアーは、映画のロケ地にもなったKarlsplatz-Girardiparkから始まる。他にも映画の撮影場所を巡る市内ツアーもあるので、参加してみるのも面白い。

第三の男ツアー

また1912年設立の歴史ある映画館「Burg Kino」では、長きに渡り週数回というペースでオリジナルバーションの「第三の男」を映画を頻繁に上映し続けている。第二次世界大戦と占領統治の時代を乗り越えてきた歴史ある映画館で、その時代のウィーンを映した「第三の男」を観るのは何とも言えない深い味わいがある。もちろん自宅で鑑賞しても、ここに挙げてきた様々な背景を知れば知るほど、その世界を深く広く感じる事が出来るだろう。1本の映画からここまで話が広がって行くという事は、やはり名作と言われ、今でも世界中からファンが集まって来る理由の1つなのだと思う。「第三の男」のミステリーは、スクリーン上で見える以上に暗くて深い。そして、そこにまた魅力があるのだ。

第三の男ミュージアム http://www.3mpc.net/englvisit.htm
第三の男ツアー https://www.drittemanntour.at
第三の男シティーツアー http://www.viennawalks.com/
Burg Kino https://www.burgkino.at/

文・写真/バレンタ愛(海外書き人クラブ/元オーストリア在住、現カナダ在住ライター)
12年間のウィーン生活後、2016年よりカナダ・オタワ在住。長年のヨーロッパ生活とトラベルコンサルタントなどの経験を活かし、2007年よりフォトライターとしても幅広い分野において多数の媒体に執筆、寄稿、写真提供。海外書き人クラブ会員。

 

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