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前列中央から時計回りに、ご飯、野蕗のきゃらぶき、煎り豆腐(人参)、鶏そぼろ、漬物(胡瓜と人参の糠漬け・壬生菜・刻み沢庵)、焼き海苔、ごんげん蒸し、大根おろし(葱・鰹節・胡麻)、納豆(葱)、絹さやの浸し(鰹節)、味噌汁(豆腐・若布・葱)、中央右は焼き鮭、左は蒲鉾と山葵漬け。今朝は小鉢に盛っているが、常備菜のきゃらぶきや煎り豆腐、鶏そぼろ、加えてごんげん蒸しなどは大皿で登場し、取り分けていただくことが多い。絹さやは昨夜の残りを浸しに。蒲鉾は、山葵漬け(静岡『野桜本店』の激辛口)をつけて食す。焼き海苔は東京・品川の『みの屋海苔店』のものを愛食。焼き海苔とごんげん蒸しの器の模様は、定紋である揚羽蝶。

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【京都 美の鑑賞歩き】 第2回~建仁寺 霊源院で鑑賞できる、名仏師・湛慶作の像を秘めた重要文化財の謎多き彫刻

霊源院①(霊源院)重文 中巖円月坐像リサイズ
国の重要文化財に指定されている中巖圓月坐像(木造、南北朝時代)。


京都では毎年春と秋に、通常は非公開の国宝や重要文化財を含む仏像や建築、絵画、庭園などが「特別公開」される。この催しは、「京都非公開文化財特別公開」と呼ばれ、この秋で通算68回を数える。今回は市内の20社寺などで開催されるので、京都を訪れた際はぜひ、普段見ることのできない「伝統の美」
の数々にふれてみてはいかがだろう。

中巖圓月の坐像

京都の花街・祇園を南北に貫く花見小路を南に進むと禅の古刹・建仁寺に至る。今回紹介する文化財を所蔵するのは、建仁寺の塔頭のひとつ霊源院(れいげんいん)。前回紹介した大統院(第1回 https://serai.jp/news/entertainment/33071)の西隣にある寺院だ。

この秋、霊源院で特別公開されるのは、国指定の重要文化財である中巖圓月(ちゅうがんえんげつ 1300~75)という禅僧の坐像(重要文化財)と、その胎内に安置されていた毘沙門天立像(びしゃもんてんりゅうぞう)である。

霊源院の始まりは、応永年間(1394~1428)に創建された霊泉院までさかのぼる。後に霊源院と改号した。さらに、中巖圓月が建仁寺内に営んでいた「妙喜世界」という寺院の跡地に移転され、現在に至っている。

禅僧・中巖圓月は鎌倉の生まれ。生後間もなく父母と別れ、幼少期は苦労の連続だった。7歳の時、寺に預けられ、僧としての道を歩き始める。文学に目覚めたのは14~15歳のころという。やがて中国へ渡る夢を抱き、26歳で中国・元に入り、各地の禅院で修行。33歳で帰国した。この7年間の中国滞在が、その後の活躍の血となり肉となったことは間違いない。とりわけ「五山文学」(ござんぶんがく)に残した圓月の影響は非常に大きかった。

ここで、禅とは切り離せない五山文学について、簡単に振り返っておこう。

建仁2年(1202)に建仁寺を創建した名僧・栄西(ようさい)が中国から日本にもたらした臨済宗では、中国にならって五山制度を導入した。多くの臨済宗の寺院を五山・十刹(じっさつ)・諸山(しょざん)と格付けし、最初は鎌倉、次いで京都で制定された。

その五山の寺院では中国の禅を深く理解しようと、禅僧たちは中国語を学び、難解な漢文や漢詩の修得に励んだ。そうして生まれたのが「五山文学」で、建仁寺はまさにその中心であった。


生前の姿を伝える肖像彫刻

名僧の生前の姿を伝える像を肖像彫刻という。中国では古くからつくられ、奈良・唐招提寺の鑑真坐像(国宝)も、鑑真とともに奈良にやってきた中国人たちの手によるものだ。肖像彫刻がつくられた背景には、「高僧が入滅しても、魂はこの世に留まり仏法を護る」という信仰があった。日本の肖像彫刻は奈良時代に始まり、鎌倉・南北朝時代に頂点を迎える。

さて、中巖圓月坐像である。本像は正面を向き、法会の時に使う椅子「曲彔」(きょくろく)に坐り、坐禅の時に気のゆるみを戒める棒「警策」(けいさく)を手に持つ。圓月が活躍した鎌倉から南北朝時代にかけては、写実主義の仏像彫刻が大いに栄えた。この坐像も、圓月の生き写しといえよう。お弟子さんたちは毎日師の像を拝むことにより、生前の教えを心に刻んだのである。

霊源院②(霊源院)中巌円月坐像胎内仏 毘沙門天立像リサイズ
中巖圓月坐像の胎内に納められていた毘沙門天立像(木造、南北朝時代、京都府登録文化財)。


胎内仏の毘沙門天立像

驚いたことにこの圓月坐像の胎内には、毘沙門天立像が安置されていた。平成8年(1996)の坐像の修理で発見されたのである。

右手に三叉戟(さんさげき)という武器、左のてのひらに水晶の玉をもつ。その水晶のなかには、お釈迦様の骨である仏舎利(ぶっしゃり)が納めされている。しかもその仏舎利は、比叡山延暦寺を開いた最澄(さいちょう)が中国から持ち帰ったものという。どうしたつながりで毘沙門天のてのひらに乗せられたのか。まさに仏像を巡るミステリーである。

毘沙門天立像の作者は、鎌倉時代に活躍した名仏師・湛慶(たんけい 1173~1256)だ。奈良の東大寺や興福寺の仏像を造った、かの有名な仏師・運慶(うんけい)の子である。ということは、毘沙門天立像は圓月が亡くなる100年程も前につくられていたことになる。いつ誰が、圓月坐像の胎内に納めたのか、その謎は、まだ解き明かされていない。

禅寺というと、とかく敷居が高いと思ってしまうが、霊源院では坐禅体験や写経・写仏なども行なっている。旅の道すがら、一度門をくぐってみることをおすすめしたい。

 

霊源院(建仁寺山内)
住所/京都市東山区大和大路通四条下ル小松町594
公開期間/10月30日(金)~11月8日(日)
公開時間/9:00~16:00(受付終了)
拝観料/800円
URL/http://www.reigenin.jp/
問い合わせ先/075-754-0120(京都古文化保存協会)

 

文/田中昭三
編集者を経てフリーに。日本の伝統文化の取材・執筆にあたる。『サライの「日本庭園」完全ガイド』(小学館)、『入江泰吉と歩く大和路仏像巡礼』(ウエッジ)、『江戸東京の庭園散歩』(JTBパブリッシング)ほか。

画像提供/京都古文化保存協会

 

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