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国内旅行音痴(角田光代の旅行コラム 第2回)

夕刊サライは本誌では読めないプレミアムエッセイを、月~金の毎夕17:00に更新しています。木曜日は「旅行」をテーマに、角田光代さんが執筆します。

文・写真/角田光代(作家)

2017年8月、青森出身の友人がねぶた祭りに呼んでくれました。はじめて見るねぶたの迫力に興奮しました。

国内をほとんど旅したことがないまま大人になった。20代のころ、ひとり旅をするようになったが、行き先はいつも国外だった。理由はいくつかある。

観光大国となりつつある(なったのか?)今でこそ、事情は違うと思うけれど、1980年、90年代当時、日本はあんまり簡単に旅できる国ではなかった。車の免許がないといけない場所が多い。バス便は1日に2、3本だったり、バスのないところもある。そういう場合はタクシーをチャーターしなければならない。

そしてゲストハウスのような安宿がほとんどない。民宿の宿泊費6000~7000円は、アジア諸国なら高級ホテルの値段だ。運転免許を持たない私は「国内旅行は高くつく」と思って、その当時はアジアを中心に旅していた。

経験がないと人は学ばない。国内旅行の楽しみ方を、実はいまだに私はわからない。自分でもびっくりするほどの、国内旅行音痴だ。

とはいえ、まったく行かないわけではない。30代の半ばあたりから、仕事で国内の各地に行くことが増えた。トークイベントに呼ばれたり、展覧会や企画展に招かれたり、文学賞の授賞式があったりする。その地を旅してエッセイを書くという仕事もある。実にありがたい。そういう機会がなければ、私は北海道も九州も、鳥取も福井も岡山も青森も高知も、とにかくどの地域にもどの県にも足を踏み入れることなく50代になったことだろう。

行ったことのない場所はやはりわくわくする。もともと旅は好きなのだ。国内の仕事がくるようになってはじめのころは、あらかじめの予定に1日か2日プラスして、同行者と別れて自由旅行をしていた。しかし、それがうまくできない。

2017年11月、京都駅で、あまりにも夕日がうつくしかったので撮りました。が、夕日はあまり大きく写ってないですね。

「私には難題すぎる」と思ったときのことを覚えている。私は旭川にいて、仕事が終わり、釧路に行こうと思ったのである。その当時、携帯電話やコンピュータはなくて、鉄道駅に行って行き方を調べたのだが、どういうわけだか、私には理解できない。駅員に訊くと、どこそこからどこそこの区間がこの時期は運休だ、だからまず札幌に行ってそこから云々……、と教えてくれるが私には複雑すぎる。

きっと旅慣れている人になら、複雑でもなんでもなかったろう。しかし私はそこで「釧路に行って何をしようというのだ?」と自分に問うという、旅においてもっとも不毛なことをした。旅というのは、行きたいから行くのであって、「何をしに」などと考えると、とたんにつまらなくなるし、かつ、今行かなくてもいいような気になる。そのときも私は「べつに、釧路で何もすることはない」と結論づけて、旭川でひとり飲んで、翌日に帰ってきた。

以後も、「こことこことこことに行きたいが、スムーズに移動する方法がわからない」「バスの乗り換えがわからない」「この山を越えて隣の県に行けると書いてあるが、ふつうの靴で登れる山なのかわからない」等々、旅慣れないゆえの難問にぶつかり、その都度「そこに行って何があるのか」と自問して、すべてあきらめ、その町にとどまり、酒を飲んで帰ることを幾度かくり返し、ついに、私は国内旅行音痴だと心底から理解した。

今ではもう、1日2日をプラスすることもない。仕事のスケジュールどおりに動き、空き時間があれば、同行者や現地の仕事相手に案内してもらう。それがいちばん楽しい。

国内旅行でせいぜい私がきちんとやりおおせることができるのは、「飲み屋を探してひとりで飲む」ということだけなのである。それで満足なのだけれども。

文・写真/角田光代(かくた・みつよ)
昭和42年、神奈川県生まれ。作家。平成2年、『幸福な遊戯』で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。近著に『私はあなたの記憶の中に』(小学館刊)など。

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