「青春18きっぷ」だけを使って行ける日本縦断の大旅行を企てた、58歳の鉄道カメラマン川井聡さん。南九州の枕崎駅から、北海道の最北端・稚内駅まで、列車を乗り継いで行く日本縦断3233.6kmの9泊10日の旅が始まった。
5日目は戸狩野沢温泉から出発し、飯山線と只見線を乗り継いで会津を目指す。
《5日目》戸狩野沢温泉 ~ 越後川口
戸狩の民宿で、少し肌寒いくらいの空気に目がさめ、朝の日差しの中で沈滞の時間を過ごす。朝食を摂って外に出ると、さわさわと柔らかな水が道ばたに流れ、山々は登りたての朝日で日光浴をするかのごとく輝いている。折しも満開の藤の花が澄んだ空気に輝く。
山を見ても、家を見ても、空を見ても、叫びだしたいほど美しい。旅の朝はぜいたくだ。
戸狩野沢温泉駅から越後川口駅に向かう列車は、早朝の便を逃すと午前11時半までない。早く出ても、只見線の列車本数が少ないので乗車する列車は同じ。おかげで実にゆっくりできる。ハードな乗り継ぎが続く中で、列車本数の少なさに救われたような朝だった。
民宿のおばさんに送っていただいて、戸狩野沢温泉駅に到着。
手前のホームに停車中のディーゼルカーが長野行き上り列車。奥のホームが越後川口行き下り列車。いちばん右に見える車両はここで切り離し。上り列車に連結して長野に折り返す。
戸狩野沢温泉駅の発車時刻表は、行き先別ではなくホーム別の発車案内になっている。この駅で折り返す列車が多い関係だろう。
乗り込んだら、車内は酒蔵の香りがした。地ビールに四合瓶そしておつまみ。同じ仕事仲間の9人組。「まぁ、とにかく一杯呑めば」とありがたきお誘いを受ける。
飯山線は、全線がほぼ千曲川に沿って走る。途中に千曲川を鉄橋は一つしか無いため、ずっと片側に水面が見える。
「前から飯山線に乗ってみたかったので、やっと乗ることができた」という長野在住の二人組。これから津南まで往復するという。乗車券はエリア内乗降自由の信州ワンデーパスだ。
車両は一両編成のワンマン列車。最後尾はミニ展望車のようになっている。
飯山線は2011年3月12日の長野県北部地震で、路盤が崩れ線路が宙づりになる被害を受けた。白いコンクリートの所は被災した場所。24時間体制で復旧工事を行い、同年4月末には運転を再開した。
飯山線のシンボル的存在といえる、鉄骨のスノーシェッド。落ち葉が線路内に溜まらないよう、鉄骨の間には金網が張られている。
飯山線の列車には、時刻表で気づけない特典があった。それは長時間停車である。
戸狩野沢温泉駅は、車両の切り離しや列車交換があるおかげで長時間停車になる列車が多い。さらに乗車した列車は森宮野原駅で列車交換のため20分ほどの停車。沿線最大の十日町駅でも30分ほどの停車となる。これほど長時間の停車が各所にある路線も珍しい。
飯山線の沿線は、日本でも有数の豪雪地帯。もしかすると、冬場の遅れを見込んで、ダイヤに余裕を持たせているのかもしれないと、想像を膨らませる。
停車時間を活かしてホームに出てみる。急ぐ旅には困りものだが、こういう旅に長時間停車は実にありがたい。
森宮野原駅。ここから約500メートルで、長野と新潟の県境だ。建物の中には売店が併設されていた。
森宮野原駅の構内には、積雪の日本記録を記したポールが立てられていた。この雪が千曲川のダムを経て、JR東日本の電車を動かすエネルギーになっているのだ。山手線は、この飯山線の雪に支えられているのである。
越後川口方面から上り列車がやってきた。カラーリングはかつての飯山線カラーを再現したもの。2018年3月までの限定復活だという。
越後鹿渡~越後田沢の信濃川鉄橋をわたる。信濃川の姿が見えるのはこの鉄橋まで。画面左に見えるのは、東京電力の発電所。JRが持つ発電ダムはこの少し下流にある。
ちなみに、長野県内では千曲川、新潟県に入ると信濃川と呼び名が変わる。「越後の国」に入ると「信濃の川」になるわけだ。
土市駅では、客車のような倉庫のような謎の建物が車窓に現れた。アート作品らしいが、その中身はわからないまま列車は発車した。
十日町駅で30分の停車。急ぐ旅なら困るだけだが、鈍行旅行でこの停車時間はありがたい。この時間を利用して駅前を散策する。9人組もここで下車。北陸新幹線で長野へ出て、飯山線を楽しんで、上越新幹線で東京駅へ戻るという。
降り際に「十日町の麺類は美味しいよ」と言われ、以前、この付近で食べたラーメンの味が思い出された。脂は少なくダシがしっかりきいた懐かしいものだった。
駅の周りをなんとなくふらふら歩いていると、そば屋の看板が目に入り玄関をくぐる。
ちょうど昼時とあって、店は満員。座る席を眺めていると、奥の座敷から大きな声で私を呼ばわる人がいる。近づいてみるとさきほどのグループ。彼らおすすめの店はここらしい。
昨日に次いでお昼はソバ。毎日食べても飽きないのはさすが信州。天ぷらソバを食べたかったが「混んでるから間に合わなよ」と言われ、もりそばに変更。
玄関口のテーブル席では、高校生のカップルが二人でソバを食べている。喫茶店でもゲームセンターでもなくそば屋のカップルというのがとっても微笑ましい。こんな青春が欲しかった。
余りに忙しそうで尋ねることもできない。ご主人が気を利かせてくださり、早めにおそばが到着。やはりうまいソバである。それを列車の停車中にいただいているなんて、いまではなかなかできない体験だ。
ご主人に感謝の言葉を言っていると、「これな、天ぷら揚げてる時間がないけどサービスだ」といって熱々の揚げ玉を小皿にくれる。これがまたソバに合う。
ソバ一杯で町が判るわけはないのだが、満たされたおかげでなんとなくわかったような気持ちになってしまうのは単純極まりない頭の構造だ。だがおかげで十日町はまた訪れたい町になった。
列車に戻ると、折しも下校時間になったらしくホームは学生であふれていた。これだけの学生が乗車するのだ、豪雪の冬は学生たちに欠かせない大切な生活路線なのだと実感する。
十日町で長時間停車するのは、交換列車の待ち合わせだったらしい。ホームの案内放送が越後川口方面からの列車接近を伝える。
カメラを構えてまっていると、観光列車「おいこっと」用の車両が登場した。団体用の臨時列車を連結して来たのだろうか。ホームにいた駅員さんに訊ねると、「車両がたりないから普段はこうやって使ってるんですよ。」とのこと。
休日の主役、観光列車用の車両に選任されたからと言って平日だって休めないのだ。利用する方からすれば運が良ければ普通料金で乗車することもできる。もちろんアテンダントなどは乗車しないが。
越後川口駅に到着。ここから上越線に乗り換える。上越線・長岡~越後湯沢間にある駅は17、そのうち6つの駅で他の路線と接続している。それぞれが数駅ずつ離れているので乗り換えは少々面倒だ。只見線との乗換駅・小出までは3駅離れている。
越後川口は錦鯉やアユで知られるところ。駅の正面にはヤナとアユをモチーフにしたレリーフが飾られていた。
ホームに戻って、次に乗る電車を待とう。まずは只見線への乗換駅・小出駅を目指す。