熊本県の荒尾駅から、佐賀県を縦断して福岡県の小倉駅まで。長距離を一気に駆け抜けてくれるのはありがたいが、途中で駅弁を買えないのはちょっとさみしい。昔なら停車時間にお弁当を売りに来てくれたものだが、いまは駅のコンビニか売店まで行かないと購入できない。途中の鳥栖駅や博多駅で降りるわけにも行かず涙を呑んだ。

その諦めを打ち破ってくれたのが、北九州市内にある折尾駅だ。

近年まで1916(大正5)年生まれの駅舎が現役で残っていた折尾駅だが、再開発がおこなわれ、駅舎もホームも建て替え中である。新しいホームから以前のホームが見えないかと出入り口のドアから見ていると、目の前に真っ赤なジャケットを着たお弁当屋さんの姿があらわれた。

大正10年に登場の超ロングセラー、折尾名物「かしわめし」を売る東筑軒の販売員さんだ。お弁当とともに名物になっていた先代が、体調を壊し引退したらしいという噂は耳にしていたが、その後を継いでおられるようだ。

詳しい話を聞きたかったがとてもそんな時間は無い。1000円札を出すと見事なタイミングでおつりと一緒にお弁当をくれた。

ホームで目立つ赤いジャケット。客のところに向かうスピード。個数や紙幣を想定したおつり。そして列車の発車を滞らせない受け渡し。そして笑顔の列車見送り。駅弁売りの職人技を見たような気になった。

*  *  *

折尾駅を出て30分。電車は終点小倉駅に到着した。ここから下関行きに乗ってしまうこともできるが、時間の余裕があるので門司港駅に足を伸ばすことにした。

……と、その前にせっかく小倉に来たのだから、ホーム毎に味が違うという伝説の立ち食いうどんも食べてみる。カウンターで注文してから30秒。あつあつのかしわうどん(390円)が出来上がる。

甘みとダシがほどよく調和してツユまで全部飲み干してしまう。さすがに隣のホームまで味を比べに行く余裕はない。でもこれで満足。

「1,2番線が旨いとか、7、8番線がいいとかいろんな話があるけど、材料は同じだし、作る人は順繰りに回るから同じですよ。」とお店のおばさんは言う。でも、こういうのは、いま自分が食べてるホームのがいちばん美味しいに決まっているのだ。味の「伝説」はきっとこうやって生まれるのだ。

おそばを食べて一息ついたら門司港行きがやってきた。

《2日目》小倉 11:14 → 門司港 11:28

小倉駅で乗った門司港行きの普通電車は、さっき荒尾駅から乗ってきた快速が途中の赤間駅で追い越したもの。小倉駅でかなりの人が降りてしまうので、6両編成の車内はガラガラだった。

荒尾駅から一緒のコースを乗車してきた親子とは、この電車でも一緒になった。聞けば、これから門司港駅に隣接する「九州鉄道記念館」に行くという。

小倉駅のホームの売店で買って持ち込み容器に入れてもらったうどんを、車内で食す少年。車内に容器持ち込みがOKなのはありがたいことである。うどんも電車も大好きと言う少年は、あちこち至福の好奇心を満たすのに忙しいようだ。

門司港駅に到着。せっかくのご縁なので、うどん少年と一緒に「九州鉄道記念館」をめぐることにする。

憧れの記念館では、あっちの機関車こっちの電車と、少年のエネルギーが爆発していた。彼の帰り道は、間違いなく爆睡だろう。

「九州鉄道記念館」は、小さいながら他とはひと味ちがう展示がユニークだ。運転台だけ切り取った車両を4台並べた展示は、最近設置されたもの。内部には全車両をしっかり「点検」「運転」する「運転士」がいた。

さて、門司港駅から歩いて1分で海岸線にでる。名物の「焼きカレー」と潮の香りがあふれる海岸で会ったのが、四国から来た大学生。最初は5人ぐらいだったのが、写真を撮るときには一気に増加。なかなかアクションが早い。なんでも、国際交流サークルで旅行に来たという。

かつて関門海峡を連絡船で渡っていた頃、門司港駅は九州の玄関だった。駅前には九州鉄道の本社が建ち、国鉄になってからも九州総局や門司鉄道管理局が置かれていた。いわば門司港駅は、九州の鉄道を取り仕切る場所だったのである。

九州で活躍した車両が美しく保存されている「九州鉄道記念館」や駅前の郵船ビル、そのすぐ先の関門海峡とその先の下関を眺めていたら、「日本を縦断する」「まもなく九州を離れる」と言うことが実感としてわいてきた。

*  *  *

門司港駅へ戻る。国指定の重要文化財「門司港駅舎」は、残念ながら補修改築中。敷地の周りは白い塀で囲まれ、その壁面には黒田征太郎氏によるイラストが描かれ、撮影ポイントになっていた。

大阪から来た女性二人組が記念写真を撮っていたので、それを撮らせてもらう。写真を掲載しても良いかと尋ねたら、「エェで。ダイジョウブ。ダイジョウブ」

門司港駅のプラットホームは美しい。黒く塗られた木の柱が、同じく黒い木の長い屋根を支えている。200メートル近くありそうな屋根の長さが、かつてこの駅を発着した列車を想像させる。

おりしも列車が到着。下車したお客さんがホームにあふれる。駅はこうでなくっちゃ。電車は近代的になったが、櫛形に延びるプラットホームと屋根は旅情抜群。こんなホームから夜汽車の旅をしてみたい。

さあ、門司駅へ戻って下関行きの列車に乗ろう。いよいよ九州に別れを告げる時が近づいてきた。

>>次ページへ続く

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