談/星野佳路(星野リゾート代表)
2009年に、京都の名所・嵐山に『星のや京都』を開業しました。京都という立地は東京と並び、世界に向けて日本旅館を発信していくためには、絶対に必要な場所でした。
宿へは渡月橋(とげつきょう)のたもとから小舟に乗って大堰川(おおいがわ)を遡ります。渡月橋の賑わいが遠ざかり、嵐峡の奥へ奥へと進みます。『星のや』はお客様に圧倒的な非日常の世界を感じていただくことをコンセプトにしていますので、このアプローチは最適だと思っています。
この宿の前身は100年前の古材が残るほどの旅館でした。これらの建材は現代では再現することができないほどの素晴らしいもので、「洗い」という伝統的な技法で汚れと傷みを取り除き、美しく蘇らせました。
また客室の設いには、京唐紙を用いました。唐紙は襖紙などに用いられる高級版画紙のことで、なかでも「揉み唐紙」という手摺りの技法を駆使する日本で唯一の職人の方にお願いして、壁紙を仕立てていただきました。
客室の吊り灯りや行灯は、真鍮製の枠組みのなかに温かみのある光が浮かび上がります。これらは祇園の老舗照明店の手作業による製品です。
このように宿のすべてに京都の伝統的な美や技術を注ぎ込み、なおかつモダンな趣を加えることができました。それができるのが京都であり、ほかのエリアでは決してなしえないことだと思います。
■日本有数の美食の地・京都で 『星のや』らしい料理を追求
京都の伝統といえば、京料理や和菓子など、食の分野も大きな割合を占めています。京都は食については日本一レベルが高いところだと感じています。そこで勝負しようとしたときに、ほかと同じような京料理を供してもあまり評価されないと思っていました。ですから、いかにクリエイティブで『星のや』らしいオリジナリティを出すかということが、今でも大きな課題です。
夕食は日本料理をベースに、海外の調理法や食材を取り合わせる会席料理です。料理長の久保田一郎は、京都祇園にある割烹の長男で、日本料理はもちろんフランス料理も勉強し、ロンドンの日本料理店の総料理長として就任。わずか4か月でミシュランガイドの星を獲得しました。伝統的かつ新進的な日本料理を追求しています。
料理は、いくら面白みがあっても突飛すぎてはいけません。日本料理の“正当な進化”でなくてはだめです。それは日本人の“目利き”といわれる文化度の高いお客様に支持されるものでなければならないと思っています。外国人に受けても、日本人にはなじまないというものがありますが、けっしてそのような方向にはしたくありませんでした。
また宿の料理は、料理長だけが考えればいいわけではありません。サービスの担当者の意見や総支配人の見解などが自由に議論できる関係を作ることが大切です。お客様の声を掬い取り、『星のや京都』の料理はいかにあるべきかを皆で考える。そうして、久保田の想像力が搔き立てられ、またいい意味で抑制が効き、刺激になり、素晴らしい料理が生まれると思っています。
ところで『星のや京都』は2012年に、台風の影響を受けて嵐山全体が大きな被害にあい、4か月間休館したことがあります。
休館中、スタッフにふたつの選択肢を出しました。ひとつは休職して世界を見て回ること、もうひとつは自分が行きたかったほかの星野リゾートの施設で働くこと。半分強が働くことを選びました。再オープン前の研修の際には、さまざまな施設で色々な経験をしたスタッフが集まり異様な盛り上がりをみせていました。4か月の休業というのは経営的には大変でしたが、スタッフの成長という思わぬ副産物をもたらしてくれたと思います。あのときのスタッフの合い言葉は「転んでもただでは起きない」でしたからね(笑)。
再オープンを機に、これまで使われていなかった蔵を改装し、昼はコーヒーを、夜は国産ウイスキーとチョコレートを楽しめる「Salon&Bar 蔵」を開きました。京都の文化人の方を招いた特別イベントも開催してきましたが、お客様同士がコミュニケーションをとっていただける場として、ぜひ使っていただきたいですね。
京都は昔からひとり旅、とくに女性のひとり旅が多い地です。京都の旅というと、精神的なものを求める方が多いのでしょう。友人や家族とワイワイ賑やかに旅をするというよりも、自分と向き合う時間を持つために来る方が多いように感じます。
さらにリピーターが多いですね。一度では知りつくせない文化の奥行きや歴史があるのが京都です。以前訪ねた場所でも、再訪するたびに新たな発見があり、リピートして初めて気づく、リピートしながら少しずつ京都への理解を深めているという方も多いのではないでしょうか。
しかしかつて私が感じた京都の第一印象、とくに駅前の印象は、ほかの地方都市となんら変わらないものでした。けばけばしい看板や無機質なオフィスビル、安っぽい電飾……。それは京都を訪れる外国人も同様のようで、どこが1200年の古都なのか、と言われました。
しかし2007年に京都市が新景観条例を施行し、歴史的な京都の町並みを保全する取り組みが始まりました。建築物の高さ制限や、看板などの野外広告の色、大きさ、デザインなどの規制です。もしかすると100年後の京都は、昔の風情を町全体が醸し出す京都らしい京都になるかもしれません。それほど真剣な取り組みです。
その背景には、観光というものについての、私たち日本人の捉え方の理解度が増したということが挙げられます。それまでは観光の目玉になるものといえば、遊園地などのレジャー施設を造ればいいと思っていたものが、町の風景そのものが重要な観光資産のひとつだと気づいた。そこで生きる人々の暮らしや町の雰囲気が人を引き付ける、ということにやっと気づいた。
またサンフランシスコを例に出せば、かつてはゴールデンゲートブリッジ前で記念撮影をして満足していたのが、今はナパバレーのワイナリー巡りが人気を集めるようになった。有名観光地から、その周辺エリアへ。見学から体験へ。というように、旅行者も成長したわけです。
国際観光都市・京都は旅の素材には事欠きません。ぜひリピーターになり、京都を深く楽しんでほしいですね。
■ひとり旅の楽しみと 休日分散化への第一歩
私は4年ほど前のゴールデンウィーク(以下GW)に、ひとり旅をしました。秋田県の八幡平でスキーをして、玉川温泉に泊まりました。八幡平アスピーテラインを車で走っていると、展望台にスキー靴をはいた不思議な方たちがいました。何をするのかと聞いたら、そこからスキーで細い道路を降りて、歩いて登ってくるというのです。これは面白い!と、一緒に交ぜてもらいました。
これこそひとり旅の醍醐味ですね。面白いと思ったことに、予定を変更して深入りできる。同行者がいると、自分の興味の赴くままとはいきません。また、ほかの方に声をかけやすいというのも特徴ですね。ここ10年ほどで、ひとり旅が好きになってきました。年齢を重ねて、勝手気ままなわがままな旅がしたくなってきたのでしょうね(笑)。
玉川温泉は以前から訪ねたい温泉地でした。昔ながらの湯治のスタイルを守り、pH値1・05という日本一の強酸性の温泉が毎分9000リットル湧き出ています。治癒や療養のために全国から宿泊客が集まり、天然ラジウムの岩盤浴などを行なっています。
間欠泉・温泉・地熱ということでいえば、アメリカのイエローストーン国立公園と、自然現象としては同じことが起こっているわけです。アメリカ人は遊歩道を歩き、自然の驚異を実感する。日本人は、川に流れ込む温泉を見て、あれを湯船にためて入ろう、地熱では岩盤浴をしようと、温泉を健康のために利用しようとする。その違いをつくづく感じました。
昔から変わらずに人々が集い、温泉の恵みを享受し続けている。日本の温泉文化の素晴らしさを体感しました。旅館内の食堂は長テーブルで、宿泊客が和気藹々と食事をしています。ひとり旅でもひとりになることはありません(笑)。ひとり旅は食事の際に話し相手がいなくて寂しいという意見を聞きますが、ちょっとした工夫で、ひとり旅をより楽しんでもらえる方法があるのでは、と思いました。
ひとり旅ニーズが高まっていますが、日本の旅行の40%は家族旅行です。私はかねてから休日の分散化を訴えています。国内を複数のブロックに分け、地域ごとに大型連休を分散取得することで、快適な旅ができると説明してきました。最終的にはフランスのように、地域ごとに学校の夏休みを分散することを目指しています。家族旅行は子供の休みに合わせて休暇を取りますから。
その前段の取り組みとして、協賛してくださる企業と連携し、GWの後ろ倒しを実施しました。これは通常のGW期間に出勤し、後日連休を取得してもらうものです。GWの後ろ倒しをしてくださった社員の方へは、星野リゾートでの宿泊割引を実施しました。この取り組みでの成果を示し、さらに休日分散化を進めたいと思っています。
【星のや京都】
所在地/京都市西京区嵐山元録山町11-2
電話/0570-073-066 (星のや統合予約)
チェックイン15時/チェックアウト12時
ルームチャージ1室8万1000円~(食事別)
星野佳路(ほしの・よしはる)
昭和35年、長野県軽井沢町生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、米国コーネル大学ホテル経営大学院にて経営学修士号を取得。平成3年、株式会社星野温泉(現・星野リゾート)代表取締役社長に就任。平成15年には国土交通省より、第1回観光カリスマに選定。趣味はスキーで国内外で滑走を楽しむ。
※この記事は2013年8月号増刊『旅サライ』より転載しました。
取材・構成/関屋淳子
撮影/浜村多恵