談/星野佳路(星野リゾート代表)
私の実家である星野温泉旅館、現在の『星のや軽井沢』は大正3年(1914)に創業しました。2014年には創業100年を迎えました。よくベンチャー企業と間違われますが、じつは星野リゾートは100年の歴史を持つ会社なのです。
実家の旅館の始まりは、初代・星野嘉助が温泉掘削事業に着手したことから始まります。古くから集落の傍らを流れる湯川に温泉が湧き出ており、本格的な掘削をしたところ、湯質と湯量に秀でた温泉が湧出。旅館には内村鑑三や北原白秋、島崎藤村ら文人墨客が集い、「芸術自由教育講習会」が開かれて、軽井沢文化が育まれました。
『星のや軽井沢』として再スタートしたのは平成17年。私の原点ではありますが、星野リゾートの頂点とは考えていません。あくまでも『星のや』のひとつとして位置づけています。
とはいえ、100年という歳月はこの宿に歴史と重みを与えています。大胆なリニューアルをしましたが、変わらず守り続けたいと思っているのが、エネルギーの自給自足や自然との共生という環境対策です。
かつて星野温泉旅館では、敷地内の落差を利用した小水力発電で、電気を自給していました。それを引き継ぎ、現在では、水力、地熱、温泉排熱などを利用して、エネルギー使用量の約75%を賄っています。
たとえば客室には床暖房がありますが、これはエアコンや冷蔵庫に使われるヒートポンプの技術で、温泉の排水から熱を回収して供給しています。
水辺に位置する客室の屋根には「風楼」という小さな窓を設けています。夏の夕方から夜にかけて、ここから涼しい外気が流れ込み、室温は約2度低くなります。
また、この宿のまわりには豊かな森が広がり、昭和49年に「国設 軽井沢野鳥の森」と指定されました。指定の背景には、野鳥研究家で詩人の中西悟堂が宿に滞在し、2代目経営者である私の祖父に、これからは野鳥は見て楽しむ時代になると話し、宿に隣接する国有林が世界的にも有数の野鳥や野生動植物の宝庫だと指摘したことがあります。
祖父は中西悟堂とともに、生態系の保護を働きかけました。「探鳥会」と呼ばれたガイド付きツアーはこのころ始まり、現在は専門家集団「ピッキオ」による自然観察やキャンプなどでエコ・ツーリズムへとつなげています。
■便利さや快適さを追求すると 東京のホテルと変わらなくなる
『星のや軽井沢』では、お客様に非日常の世界を楽しんでいただきたいと思っています。そのためには、宿から駐車場が見えるようではいけない。遠く離れた場所に駐車場を設けて、宿の玄関までは専用の自動車で移動します。客室にテレビはありません。
敷地内の灯りは最小限にしているので、夜は暗いです。各部屋に懐中電灯を備えてありますが、それでも暗すぎると、お客様から苦情をいただくこともあります。なぜ暗いのか。自然の光を感じていただくためです。
私がいちばん感動したのは、冬、雪の上を照らす満月の美しさでした。雲が途切れ、月の光が差し込むその瞬間の輝きには、本当に圧倒されます。都会では知ることができない夜の星の瞬き、水面に揺れる月のきらめきを感じていただくことが、非日常なのです。
駐車場はもっと近くに、テレビがほしい、夜はもっと明るく、というお客様のご要望に逐一応えてしまうと、便利で快適な東京のホテルとなんら変わらなくなってしまう。それでは、わざわざ旅をする意味がない。「おもてなし」とは、お客様のご要望に応えることではないと私は思います。宿としての主張を楽しんでもらうことこそ、真のおもてなしではないでしょうか。
都会とは違う非日常を楽しんでいただく。そのためにスタッフは土地の歴史や文化に精通し、その土地の良さを充分に理解しておく必要があります。とはいえ、こちらの意図をあまり雄弁に説明してしまうと、お客様の「気づき」がなくなってしまう。月の光が素晴らしいので暗くしています、と説明されてから月を見ても、感動しませんよね。お客様がご自分で気づき、発見することで感動が生まれるのです。
夜が暗いと指摘されると、ここのスタッフは懐中電灯を渡して謝りますが、決して灯りを明るくはしません。それが非日常を楽しんでほしいという、星野流のおもてなしだからです。
私自身がプライベートで旅するとしたら、まずホームページで部屋を選ぶことから始めます。ホームページはいまや宿の顔。家族構成に合わせて部屋をチェックし、子どもが寝た後にどこで仕事をするか、ということまで含めて最適な部屋を選びます。「宿泊」という言葉どおり、泊まる部屋を選ぶことがいちばん重要だと考えています。
でも現実的には、部屋よりプランで選ぶという方が多いのではないでしょうか。私は常々、プラン優先で宿泊予約することに疑問を持っています。プランのセットが、お客様を100%満足させるものとは限らないからです。むしろプランの存在が、お客様に妥協を強いているようにさえ感じます。いちばん泊まりたい部屋ではないけれど、プランとしては価格も手頃だからこれで妥協しようと……。
本来はまず部屋を選び、食事の有無・内容を選び、アクティビティを選ぶ。それぞれを本来のリーズナブルな価格設定にすればいいわけで、私はプラン廃止論者です。プランのほうが選びやすいという声もありますが、プランがあまりにも多いと、かえって迷ってしまう。
プランを作るなら、せいぜい3つか4つ、パソコンの画面に収まるように。画面をスクロールすると山のようにプランが出てくる、というのは、いかがなものでしょうか。
私はスキーが趣味で、シーズン中は国内だけでも数十回スキーを楽しみます。宿泊は高級ホテルや近くの温泉旅館、ペンション、民宿などさまざまです。こういうところでなければ嫌だ、というこだわりはありません。蔵王の民宿では、地下に広大な乾燥室があり、そこにスキーヤーが集まってスキー談義に花が咲き、楽しかったですね。
海外の代理店から、外国人のお客様に評判のいい旅館があると聞き、スキー帰りに視察に行ったこともあります。また年一度の社長主催スキーツアーでは、スキー初心者のためにゲレンデ直結のペンションにも泊まりました。社長の私自ら下見に行き、オーナーの愛想の良さも確認しました(笑)。
スキーは海外でも楽しみますが、アメリカのアスペンやヴェイル、カナダのウィスラーなど有名スキー観光地へ行くと、別荘のレンタルが盛んです。じつは別荘というのは、持ち主自身が利用するのはかなり限定的で、建ててから5年もすると放置されるケースが多い。海外では、そんな別荘を観光客に貸し出すことで、町の活性化を図っています。
ところが日本では、住宅用に建てられた別荘やマンションを1日単位で貸すことは、禁止されているのです。「賃貸」は1か月以上という法律があり、1日単位の貸し借りは旅行業上の「ホテル」となって、フロントの設置や消防法の基準など、条件が厳しく定められているのです。
この軽井沢にも多くの別荘がありますが、夏のハイシーズン以外はほとんど休眠状態。別荘をもっと活用することで、ガスや電気、水道が使用され、観光客は町で買い物をして、町の経済が潤う。観光客が年間を通して増えれば、安定雇用が増えて人口も増えます。
観光立国を目指すならば、海外のように観光に向けた法体系を整え、年間を通して観光客が増える仕組みを考えないといけないと思います。
■和の空間と日本料理。 20代こそ、温泉旅館へ
2013年11月、静岡の舘山寺温泉に『星野リゾート 界 遠州』が誕生しました。『界』としては10施設めとなりました。『星野リゾート 花乃井』として運営していた宿をリ・ブランドしたものです。
『界』では「ご当地楽」という、その地域の特徴的な魅力を伝えるおもてなしを用意していまして、この宿では静岡のお茶屋さんの協力で完成した特注のお茶や、お茶を3煎めまで楽しむ「お茶三煎」、お茶のブレンド体験などを供しています。
軽井沢、京都、竹富島の3か所の『星のや』は非日常の世界へ誘う宿というコンセプトですが、『界』は小さくて上質な温泉旅館を目指しています。私は温泉旅館に生まれ育ちましたから、自分の家業に近いのはむしろ『界』のほう。
今春には栃木県にふたつの『界』が生まれて、最終的には30施設、各30客室、計900室にするつもりでパワーを漲らせています。30施設で団結し、和の空間に良質の温泉、土地の旨い料理、そしてご当地楽をお客様に楽しんでいただく。自分で泊まるなら、『星のや』より『界』を選びますね(笑)。
20代の若い世代に向け、『界』の10施設にリーズナブルに宿泊してもらう「若者旅プロジェクト」も行ないました。利益も大切ですが、それよりも若者の中に温泉旅館ファンを作っていきたい。バス会社のウィラー社と提携し、プラン嫌いな私がバス付きプランを作ったこともあります(笑)。
とにかく若者の温泉離れを食い止めたい。今後も業界全体で取り組んでいくべき課題だと思います。
【星のや軽井沢】
所在地/長野県軽井沢町星野
電話/0570-073-066(星のや総合予約)
チェックイン15時/チェックアウト12時
1泊1室7万2000円~(食事別)※基本は2泊から。全77室。
【星野リゾート 界 遠州】
所在地/静岡県浜松市西区舘山寺町399-1
電話/0570-073-011(界予約センター)
チェックイン15時/チェックアウト12時
1泊2食付きひとり2万5,000円~。全32室。
星野佳路(ほしの・よしはる)
昭和35年、長野県軽井沢町生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、米国コーネル大学ホテル経営大学院にて経営学修士号を取得。平成3年、株式会社星野温泉(現・星野リゾート)代表取締役社長に就任。平成15年には国土交通省より、第1回観光カリスマに選定。趣味はスキーで国内外で滑走を楽しむ。
※この記事は2014年4月号増刊『旅サライ』より転載しました。
取材・構成/関屋淳子
撮影/浜村多恵