文・写真/坪井由美子(海外書き人クラブ/海外プチ移住ライター)

2025年の欧州文化首都(EUが毎年1~3都市選定し、年間を通して多様な文化芸術行事を展開する事業)に選ばれたドイツ東部の工業都市、ケムニッツ。旧東ドイツ時代には「カール・マルクス・シュタット(カール・マルクス市)」という名称だったこの街の一風変わった名物となっているのが、マルクスの頭だけの像。巨大な頭を一目見ようと訪れたケムニッツは、思いのほか味わい深い街だった。日本人はもとよりドイツ人でも知る人が少ないであろう、マニアックな街の魅力を紹介したい。

ケムニッツがなぜ「マルクスの街」となったのか

ケムニッツの一大名物、カール・マルクス記念碑。

ベルリンの壁が崩壊して今年で35年、ドイツが再統一して34年が経つが、ドイツ東部にはDDR(ドイツ民主共和国、いわゆる東ドイツ)時代の面影を色濃く残す街が存在する。ザクセン州の州都ライプツィヒやバロックの街として知られるドレスデンから電車で約1時間。ケムニッツはこれまで訪れたドイツのどこよりも「東っぽさ」が感じられる都市だった。

オペラ座や聖ペトリ教会が並ぶ広場。道幅の広さに「東っぽさ」が感じられる。

だだっ広い道路やプラッテンバウと呼ばれる高層集合住宅など、街のそこかしこにDDR時代の名残りが見られるが、極めつけはなんといってもマルクス記念碑だ。事前に写真で見てはいたものの、目の前に突如現れたマルクスの頭は想像以上に巨大で迫力満点。頭だけで7m、台座を含めると13mもあり、顔の像としては世界で2番目に大きなものなのだとか。

街の中心に鎮座するマルクス像は高さ13m、重さ40トン!

社会主義に大きな影響を与えた経済学者、カール・マルクスは南西ドイツのトリーア生まれ。実はケムニッツには何の縁もなく、訪れたことさえないという。しかし第二次世界大戦で街の約8割が破壊され、社会主義のモデル都市として再建されたケムニッツは、DDR時代の1953年から1990年にかけて「カール・マルクス・シュタット(カール・マルクス市)」と改名され、社会主義の象徴としてマルクス像が作られることになった。

そのマルクス像が今では街を代表する名所となり、一目見たい、撮りたい、とわざわざやってくる旅行者が大勢いる。私もそのひとり。やっと会えた険しい表情のマルクスと向き合いながら、この地が辿った波乱万丈の歴史に思いを馳せた。

ヨーロッパ有数の産業遺産コレクション

蒸気機関車や自動車など迫力ある展示品。

中世の頃から織物業で栄えたケムニッツは、のちに機械産業が発展し、20世紀初頭にはドイツを代表する産業都市のひとつとなった。ヨーロッパで特に重要な産業遺産をつなぐルート「ヨーロッパ産業遺産の道」の一つを形成する「ケムニッツ産業博物館」(https://www.industriemuseum-chemnitz.de/)では、ケムニッツおよびザクセン州の産業の歴史を膨大な展示品やデモンストレーションで紹介している。

繊維業で使われていた様々な機械が並ぶ。

かつて工場として稼働していた広大な敷地には、蒸気機関車や刺繍の機械など迫力ある展示品が並び見ごたえたっぷり。とくに自動車のコレクションはクルマ好きにはたまらないだろう。ロボットが実際に自動車を作る様子も見学でき、子どもも楽しめそうだ。

自動車産業で栄えたケムニッツは、アウディの前身となるアウトウニオンAGが設立された地でもある。アウディのエンブレムの4つの輪は、発足当時に合併した4社(アウディ、DKW、ホルヒ、ヴァンダラー)を表現したもの。第二次世界大戦後のソ連支配下で解体されてしまったが、西側のインゴルシュタットに逃れた経営陣により、新会社アウトウニオンGmbHが再結成され発展を遂げた。

美しくオモシロい市庁舎

戦火を免れた新市庁舎。内部は自由に見学することができる。

ケムニッツの中心部で見逃せないのが、1911年に建造された新市庁舎(https://www.chemnitz.travel/poi/altes-und-neues-rathaus)。第二次世界大戦の被害を免れた壮麗な建物は、DDR時代の建物が多い街のなかでひときわ目を引く。隣接する白い旧市庁は、戦争時に爆撃を受けてその後再建されたもので、新市庁舎より新しく見えるのが興味深い。

新市庁舎(右)が戦争で破壊され再建された旧市庁舎(左)より古く見えるのが興味深い。

新市庁舎の中に入ってみると、玄関ホールから曲線を描く階段、アーチ型の天井、ホールにいたるまでユーゲントシュティール(アールヌーヴォー)様式の装飾が施され、思わずため息が出る。ドイツには美しいことで有名な市庁舎が数多くあるが、ケムニッツ市庁舎がこんなに美しいなんて、ほとんど知られていないのではないだろうか。

ユーゲントシュティール様式の美しい装飾。

古いエレベーターにも驚かされた。動き続けているドアの無いかごに自由に乗り降りできる循環式エレベーター「パーテルノステル」が、現役で使われているのを見るのは初めて。気になって調べてみると、最近は少なくなっているものの、ドイツは最も保持数が多く、とくに役所でよく見られるようだ。

珍しい循環式エレベーターに乗ってみるのも一興。

伝統のビールと郷土料理に舌つづみ

ビール博物館のような「TurmBrauhaus」の店内。

夕食は市庁舎の目の前にあるビール醸造所兼レストラン「TurmBrauhaus」(https://turmbrauhaus.de/)で。 ビール純粋令を守って伝統的製法で造られるビールが賞も受賞している名店だ。大きな銅製のビールタンクが鎮座する店内は地元のひとたちで賑わい、ドイツのビアハウスらしい活気に満ちている。

3種のビール(へレス、ヴァイツェン、クプファー)飲み比べセットとシュニッツェル添えシュパーゲル、ハンバーガーなどボリューミーな料理。

無ろ過で無添加の樽生ビールは、ほどよく苦みがきいたさわやかな味わい。シュニッツェル(カツレツ)やシュパーゲル(白アスパラガス)などの郷土料理とともにおいしくいただき、楽しい夜を過ごした。

* * *

マルクスの頭以外はほとんど情報を持たずに訪れたケムニッツだったが、歩いてみると興味深い発見がたくさんあった。2025年は欧州文化首都関連のイベントが多く開かれ、ますます面白い街になっていくことだろう。その前にクリスマスシーズンが控えている。この街は、クリスマスマーケットと工芸品で有名なエルツ山地への入り口でもあるのだ。そろそろ冬の計画を立てなければ!

ケムニッツ観光局 https://www.chemnitz.travel/en/

文・写真/坪井由美子 ライター&リポーター。ドイツ在住10数年を経て、世界各地でプチ移住や語学留学をしながら現地のライフスタイルや文化、グルメについて様々なメディアで発信中。著書『在欧手抜き料理帖』(まほろば社)。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

 

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