文・写真/御影実(オーストリア在住ライター/海外書き人クラブ)

オーストリアとハンガリーの国境近くに広がる森の中にたたずむ、ロッケンハウス城。2021年のウィーンフィルニューイヤーコンサートのロケ地にもなったこの城は、国境の城にふさわしい様々な伝説を秘めている。

この城に、ドラキュラのモデルとなった伯爵夫人や、莫大な富と権力を誇った騎士団は実在したのか。中世の城に眠る伝説たちを紹介する。

ロッケンハウス城。

ロッケンハウス城の歴史

オーストリアの南東に位置するロッケンハウス城は、第一次世界大戦まではハンガリー王国に属していた、二つの文化が交わる地域にある。

先史時代から古代ローマ時代にかけて、この地域にはすでに人が住んでいたが、この城が最初に記録に記されたのは、13世紀、モンゴル人襲来に備えて建設された時だ。ギュッシング家やボヘミア王オトカル二世の所有となったものの、その後も所有者をたびたび変え、16世紀にはハンガリー貴族のナダシュディ伯爵家の所有となる。

重なり合う塔と階段。

ナダシュディ家時代の増築を経て、17世紀以降はハンガリーの大貴族エステルハージィ家の多数の城の一つとなり、その後静かに歴史から消えていった。

廃墟となって崩れかけていたこの城を再び今の姿に復興したのは、戦後私財を投じて城を買い取った、パウル・アントン・ケラー教授とその妻だ。教授の死後は財団が作られ、引き続き修復・改修が行われているほか、様々な音楽祭や中世騎士祭りの会場ともなっている。城の一部は博物館やホテル、レストランとしても営業され、結婚式場や「中世騎士ディナー」などの催しも盛んに行われている。

中世の騎士団に関する展示。
城の中庭。

テンプル騎士団の謎

この城の最大の謎は、中庭の真下に作られた地下室「クルトラウム」だ。天井に人が一人通れる程度の丸い穴が開いているほか、出口も入り口もない部屋で、使用目的も謎に包まれている。

クルトラウム内部。

13世紀に城が建設されたときからすでにあったとされ、この地域にこのような地下室を作る建築技術がなかったこと、欧州のほかの地域でみられる、テンプル騎士団の印が刻まれていることから、この地下室の建設には、12世紀に欧州で権勢をふるっていたテンプル騎士団が関わった可能性が高いとされている。

中世騎士の鎧と階段室。

テンプル騎士団とは、第一次十字軍後の12世紀、エルサレムへの巡礼に向かう人々の護衛のために結成された騎士修道会で、その強さと勇敢さで知られていた。欧州中にネットワークを張り巡らし、寄進や特権で多大な富を築き、王族をもしのぐ影響力を持っていたが、14世紀の初めにフランス王により異端として壊滅に追い込まれ、結成から約二百年で歴史から姿を消した。

クルトラウムの真上にある中庭。井戸のようなものが、天井の穴だ。

この部屋と天井の穴の用途は何だったのか? 一説によれば、穴の真下の床に空いた石のくぼみに水を張り、水面に映った星の動きを観察して、暦を読み取っていたとされている。貯水槽、宝物庫、牢獄などの説も根強い。ほかにも、不思議な文様が刻まれた石碑が見つかっているなど、この部屋に関する謎は尽きない。

レディ・ドラキュラの惨劇

この城は、ドラキュラ伝説の起源とも言われる17世紀のハンガリー男爵夫人「バートリ・エルジェーベト(独語読みはエリザベート・バートリ)」とも深い関わりがある。

トランシルヴァニア公国の有力貴族バートリ家出身のエルジェーベトは、ハンガリー伯爵ナダシュディ・フェレンツと結婚し、現在のハンガリー、スロバキア、オーストリアにわたる両家の広大な所領を管理していた。

この高貴な貴族の女性が、このロッケンハウス城やウィーンの邸宅を含む各地で猟奇的事件を起こし続けていたことは、当時20年近くも秘密にされていた。しかし、1610年に被害者の女性が脱走したことにより、その残虐行為の数々が明るみに出る。当初は召使や農奴の娘を誘拐して惨殺していたが、後には貴族の娘を幽閉した上で、拷問器具で傷つけ殺害し、被害者の数は300~650人とも言われている。その残虐性から、「レディ・ドラキュラ」「血の伯爵夫人」などの呼称で知られ、世界最多の連続殺人事件としてギネスブックにも掲載されている。

ロッケンハウス城の塔に通じる階段。

若さと美しさのために処女の血を飲み、風呂に入ったという伝説自体は作り話とされているが、エルジェーベトの夫のナダシュディ家の所領であったロッケンハウス城でも、実際に陰惨な事件が繰り返されていたのだ。

* * *

テンプル騎士団の謎が石に刻まれ、数々の血なまぐさい事件の舞台となった、ロッケンハウス城。歴史上でこの城が担った役割は、城内の中世や拷問に関する様々な展示で、さらに詳しく知ることができる。

十字軍の騎士やハンガリー貴族の娘たちの姿を思い浮かべながらこの城を歩くと、1000年近い城の歴史の謎と闇に、一歩近づいたような気がする。

ロッケンハウス城公式サイト:https://www.ritterburg.at/
Burg Lockenhaus
Eugen Horvath Platz 1, 7442 Lockenhaus

文・写真/御影実
オーストリア・ウィーン在住フォトライター。世界45カ国を旅し、『るるぶ』『ララチッタ』(JTB出版社)、阪急交通社など、数々の旅行メディアにオーストリアの情報を提供、寄稿。歴史、社会、文化系記事を得意とし、『ハプスブルク事典』(丸善出版)など専門書への寄稿の他、監修やラジオ出演も。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

 

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