「今年出逢う桜も、遠い思い出の中にあるんです」
日本の原風景を桜に求めて鉄道旅を続ける、桜写真家のピート小林さん。各地の開花をどのようにして知り、どのような旅をしているのか。その流儀と秘訣を訊ねた。
ピート流鉄道で桜を楽しむ三か条
1,開花情報を常に把握する
2.撮影の際はマナーを第一に
3.自分好みの桜を見つける
富士急ハイランドの桜
富士急行 富士急ハイランド駅(山梨県)
ピート小林さんと桜の出会いは、30数年前にさかのぼる。大手広告代理店でコピーライターとして活躍していたピートさんは、仕事で訪れた山形の山中に咲く桜に魅了された。日本の「原風景」は桜にあるのではないか、とそのとき強く感じたという。以来、桜の季節が到来すると、そわそわと落ち着かなくなり、毎年、カメラを片手に日本列島の桜を追う旅を続けるようになった。
全国津々浦々の桜を求める旅にぴったりなのが鉄道だった。ピートさんはこう語る。
「移動手段はもっぱら鉄道です。ちょうど桜が咲く季節に『青春18きっぷ』というJRのフリーきっぷが発売されます(下画像)。
乗れるのは普通と快速のみ。このきっぷと時刻表を駆使して全国を巡ります。目的地への途中でも車窓に桜が見えたら、途中下車をすることもよくあります。偶然に出会った桜ほど記憶に残ります」
とはいえ、桜の開花情報を入念に下調べした上での旅である。
「桜の開花情報はネットに溢れていますが、不確かなものも多いので、必ず現地の観光協会などに電話やメールで訊(たず)ねるようにしています。リアルな情報は土地の人が一番よく知っていますからね。ネットに加えて現地の生情報というダブルチェックが欠かせません」(ピート小林さん。以下同)
開花前線を正確に把握することも必要だ。
「桜前線は、一般に九州から南関東まで1日に約100kmの速度で北上し、以降は約20kmに減速して北へ向かいます。ただし例外はあり九州では、福岡から鹿児島方面に前線が南下するのが通例です。
加えて、標高が100m上がれば、開花は2~3日遅れます。また世に言う満開とは七~八分咲きのことで、それから現地に行っても遅い。五分咲きと聞けばすぐに駆けつけるのを鉄則にしています」
塩狩峠の一目千本桜
JR宗谷本線 塩狩駅(北海道)
常識を持って撮影を
桜の写真家でもあるピートさんに旅先での撮影の心得を聞いた。
「鉄道に桜が映える場所は、多くの写真愛好家が集まり混雑します。ホーム上などで運行の妨害をしないのはもちろんのこと、私有地に入らない、ゴミは持ち帰るなど常識を持って撮影しましょう。カメラはスマホでもなんでもいいんです。気持ちを込めてシャッターを切れば、それが忘れられない桜の一枚になるでしょう」
大歩危渓谷の桜
JR土讃線 大歩危駅(徳島県)
これまでにピートさんは、沖縄から北海道の離島まで、全都道府県で約1200か所もの桜のスポットを撮影してきた。その中から、近年でとくに印象深いところを選んでもらったのが、ここに紹介する駅の桜だ。
「私の鉄道旅の思い出は、桜とともにあります。最近の景色なのに、遠い昔のように感じてしまうのが
桜の写真です。松尾芭蕉は〈さまざまなこと思ひ出す桜かな〉と詠みました。長年桜を追い続けている私からすると、今年出逢う桜も遠い思い出の中にある花のような気がしてなりません」
芦野公園駅の桜
津軽鉄道 芦野公園駅(青森県)
案内人
ピート小林さん
桜写真家、コピーライター。日本の原風景を桜に求め、30年以上全国はもとより、韓国や米国まで足を延ばし桜を追い続ける。桜旅の案内人としてテレビやラジオにも多数出演。著書に『股旅桜』など。写真/中野正貴
取材・文/宇野正樹 写真/ピート小林(桜写真) https://petekobayashi.blogspot.com/
※この記事は『サライ』2023年4月号より転載しました。