サライ世代になると、真夜中に目が覚めてしまうことが多くなります。いったん目が覚めてしまうと、なかなか寝付くことができず、微睡みの中で夢を見ることもしばしば。そんな時に見る夢は、繰り返し同じような夢を見ることが多くなっているように感じます。

同じ人、見覚えのある場所、似通った場面が幾度となく夢に現れます。どうしてそんな夢を見るのか、その理由は判然としませんが、人生を振り返ってみるに、過ちや後悔することの多さが心の奥にこびり付いていて、そんな夢を見させるのだろうか? と思ったりもします。

何にしましても、年老いて見る夢と少年の頃に見ていた夢とでは、明らかに異なっております。その証拠に「覚めて欲しくない」と思うような夢は、このところ、とんと見なくなってしまいました。

子供の頃、よく遊んだ遊具
子供の頃、よく遊んだ遊具

では、中高年と呼ばれる年齢に達してしまった今、「覚めて欲しくない夢」とは、いったいどんな夢なのでしょうか? 人生において一番楽しかった場面とか、逢えなくなってしまった人と再会するとか、失ってしまった時間や空間を取り戻すとか、そんな夢を見たい人が多いのかもしれません。もしもそうであるのなら、思い出のある場所とか、過去に見た場面と重なり合うような風景に接してみれば、大いに、楽しい現実の夢に浸ることができるのではないでしょうか。

そこで、今回の「懐かしき風景」では、4、50年前の人々の生活が変わらず残る町の風景をご紹介いたします。

世の中の変化と共に変貌する町と、歴史のうねりとして飲み込む町

映画や小説の舞台となった町や村は、いっとき、お祭り騒ぎのように観光客が押し寄せる。その事を境に、大きく変貌してしまう場所と、何事も無かったかのように変わらぬ風景をとどめている場所があります。

どちらが良いとは言えないのですが……お祭り騒ぎはいつしか終わり、人で沸きかえった場所も、やがては落ち着きを取り戻します。すると、変貌してしまった場所には、うらびれた空気だけが残ってしまう感じがします。しかし、いっときの人気や喧騒に浮き足立つこともなく、ひとつの時代のうねりとして飲み込んできた場所は、普段通り、ありのままの風景を取り戻します。そうした場所には、心を落ち着かせてくれる佇まいを感じるものです。

長閑な鞆の浦の風景
長閑な鞆の浦の風景

そうした地を訪れる場合、ガイドブックやパンフレットのお勧めのコースをたどり、誰でもが行く所を訪れ、誰でもが観るであろう風景を眺めるのでは、少々もったいない感じもいたします。どうせなら、その地に住むが如く旅をしてみるのも良いのではないでしょうか。

そうした意味から、その地の生活者の日常に触れることは、深く記憶に残る旅になります。それも、観光業とは縁遠い人々と接することは、旅の味わいが一層深まる感じがいたします。

軽トラックで移動販売をする魚屋さん、鞆の浦の日常の風景
軽トラックで移動販売をする魚屋さん、鞆の浦の日常の風景

今回の懐かしき風景で取り上げますのは、広島県福山市鞆町。そう、あの有名なアニメーション映画の題材にもなり、数多くの映画ロケ地にもなった「鞆の浦」です。今更、ここで紹介しなくとも、テレビで、映画で、ポスターやパンフレットで、見飽きるほどにご覧になったことのある風景。しかし、住むが如く旅をすると、少し違った「鞆の浦」が見えてきます。

鞆の浦の象徴「常夜灯」
鞆の浦の象徴「常夜灯」

瀬戸内海のへそは歴史物語の宝庫。鞆の浦の歴史を紐解く

鞆は、広島県の東部、福山市の燧灘(ひうちなだ)に面した沼隈(ぬまくま)半島の南東部にある小さな港町。「鞆(とも)」という漢字、普段あまり使うことない文字。調べてみると、弓を射る時に左手首の内側に付けて、矢を放ったあと弓の弦が腕や釧(くしろ)に当たるのを防ぐ道具のことだそうです。

なぜ、その名が地名となったかを紐解くと、神功(じんぐう)皇后が征韓の帰途、手に巻いていた鞆を沼名前(ぬなくま)神社に納めたことに由来するとか。あれもこれも、知らないことばかりで勉強になります。

史跡観光案内の看板と鞆城跡への階段
史跡観光案内の看板と鞆城跡への階段

鞆の浦の場所を改めて確認してみると、紀伊水道から豊後水道・関門海峡を範囲とする瀬戸内海のほぼ中央。いわば、瀬戸内海のお臍(へそ)にあたります。その沖合では、東西の満ち潮がぶつかるらしく、そうした自然現象の影響もあって、古くから潮待・風待の港として栄えます。海上交通の要衝であったことから、数々の歴史物語の舞台にもなっております。

戦国期にあっては、強力な水軍を擁する毛利氏も、この地を重要視して鞆城を築きました。その毛利氏を頼ったのが、室町幕府最後の将軍・足利義昭。信長によって京都を追放され、この地「鞆の浦」まで落ち延びています。
そして、室町幕府再興を毛利氏に託すのですが、その夢は叶うことなく、この地で没したとされています(諸説あり)。

鞆の浦の沖合では、瀬戸内海の東西の潮がぶつかる

江戸時代に入りますと、譜代大名の水野勝成が福山城主になり、鞆町には奉行所が置かれます。それまで、城下町として発展した鞆も、港湾が整備されるにつれ北前船や九州船が寄港するようになり、次第に港町の色合いが強まっていきます。

江戸時代の中頃から明治初期にかけては、保命酒などの各種の酒類醸造が盛んになり栄えたといいます。今でも当時の風情がそこかしこに残る鞆の町並みは、2017年には国の重要伝統的建造物群保存地区に選定、翌年には文化庁から「日本遺産」に認定されました。

岡本家長屋門(重要文化財)
岡本家長屋門(重要文化財)

そんな鞆町も10年ほど前、町中心部の交通渋滞緩和のためとする鞆港埋めたて架橋計画が持ち上がったとか。もしも、その計画が進んでいたなら鞆の浦の景観は大きく変わっていたことになります。

架橋工事で変わる風景
架橋工事によって景観が大きく変わることもしばしば

昔ながらの食料品・日用品のお店は、地域住民の生活を支える

江戸時代から残る常夜灯、雁木、波止場、由緒のある寺社仏閣など、見所の多い鞆の町ではありますが、今回スポットを当てるのは、一軒の食料品店であります。

4、50年前なら、地方の町や村には必ず1、2軒は在ったと思われる食料品や日用雑貨を商う店も、今や過疎化の影響や便利なコンビニエンスストアに追いやられ、その姿は極少数に……。幹線道路から外れた集落を通り掛かると、閉店してしまった店舗と朽ちた看板を目にすることもしばしば。

実際に商いを営んでいる食料品店や日用雑貨のお店は、次第に貴重な存在になっています。

昔ながらのスタイルで商いをする「沖辰商店」の外観
昔ながらのスタイルで商いをする「沖辰商店」の外観

そんな昔ながらの形式で食料品と日用品を商うお店が鞆の町に在ります。

お店の名は「沖辰商店」。町の中心部からやや外れた“江の浦”と呼ばれる地区に店舗を構えます。周囲には、観光スポットらしい施設は無く、観光客の姿を見かけることもありません。昔ながらの鞆の暮らしが、少しも変わることなく残っている感じがします。

店主の沖本大助さんにお聞きしたところ、お店の始まりは終戦まもなく父親が開いた八百屋が起こりだといいます。軽自動車でさえ、すれ違うことが難しいほどの道幅の狭い県道47号線に面した店には、バイクや自転車、カートを押しながら、どこからともなく住民が入れ替わり立ち替わり現れ店に入って行きます。その殆どが高齢者。その光景を見ていると、お年寄りにとって「沖辰商店」は生活の支えになっていることが伝わってきます。

沖辰商店の店頭の様子
店頭には所狭しと商品が並べられている

店の中を覗くと、店頭には季節の野菜や果物が並び、レジの周りには自家製のお惣菜やらお菓子、パン、インスタント食品が所狭しと置かれていました。扱っているものは食品だけではないようで、醤油や味醂などの調味料からトイレットペーパーなどの生活用品も売られています。

この店に来れば、生活に必要なものなら、たいがい手に入りそうな感じ。買い物をしている人たちの姿を見ていると、単なる買い物をする店ではなく、住民同士のコミュケーションの場でもあるようでした。

久しぶりに会った顔見知り同士が、買い物そっちのけで店先で話を始める。これまた、昔ながらの光景であり、数十年前にフラッシュバックしたかのような気分になってしまいました。それはまさに、現実の光景に居ながら、記憶の中にある楽しかった一場面に出逢い、失ってしまった時間を取り戻せた瞬間でもありました。

賑やかな観光地から少し離れた裏通や住宅地を歩き、その地に住む人々の生活に触れることで、懐かしい記憶の中を散策することができるかもしれませんね。

浜辺で干物をつくって販売しているお婆さん
昔ながらに、浜辺で干物をつくって販売しているお婆ちゃん

アクセス情報

所在地:広島県福山市鞆町鞆
自動車:山陽自動車道 福山東ICから約40分ほど

取材・動画・撮影/貝阿彌俊彦(京都メディアライン)
ナレーション/敬太郎
京都メディアライン:https://kyotomedialine.com Facebook

 

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