貴船神社(京都市 左京区)
紅葉の見ごろ(目安):11月上旬~下旬
平安時代より数々の古典の舞台として描かれてきた貴船神社。鞍馬が艮(うしとら)の寅(とら)なら、山を隔てて隣り合わせの貴船は丑(うし)である。貴船明神が降臨したのが丑の月・丑の日・丑の刻といわれるためだ。
「平安京を流れる鴨川の源流で、祈雨・止雨を司どる水の神をお祀りしています。水が湧く龍穴に奥宮が建てられたといわれています」
貴船神社は都の蛇口の役割を果たしたといってもいいかもしれないと、権禰宜(ごんのねぎ)の古市竣さんが語る。
「貴船は、初代神武天皇の母・玉依姫命(たまよりひめのみこと)が浪速(大阪湾)から高貴な色の〈黄船〉で淀川、鴨川、貴船川と遡り、船が止まったところに社を建てたことに由来するとも、気が生じる根の場所〈気生根〉に由来するともいわれています」
貴船の神に仕えた牛鬼の子孫
諸願を叶かなえる強い力を持つ貴船の神にすがる都人が多く詣でた。
〈もの思へば沢の蛍もわが身より あくがれ出づる魂かとぞ見る〉
夫の心変わりを嘆いた和泉式部が参拝して詠んだ歌だ。宇治の橋姫が丑の刻に詣で、男に呪いをかけた伝説をもとにした謡曲『鉄輪(かなわ)』の舞台としても知られる。
「鬼気迫る物語ですが、貴船神社と鬼は切っても切れない関係です」
古市さんは続ける。代々、宮司を務めた舌家の先祖は、貴船明神とともに天上から降りた〈牛鬼〉で、天上界の話をしてしまったため舌を裂かれ、戒めとして子孫は舌という苗字を名乗ったと伝わる。
都の艮にある鞍馬・貴船に鬼の伝承があることが興味深い。清らかな山と川が生む強い気が、都を守っているのかもしれない。
貴船神社
全国にある貴船神社の総本宮。
京都市左京区鞍馬貴船町180
電話:075・741・2016
開館時間:6時~20時(5月1日~11月30日)~18時(12月1日~4月30日)境内自由
交通:叡山電鉄貴船口駅下車、徒歩約30分。または貴船口駅からバスで貴船下車、徒歩約7分
立ち寄り処
奥貴船 兵衛(ひょうえ)
元社家が伝える貴船の山と川の恵みの料理
貴船神社の元社家で、山菜や鮎などの川魚の料理を参拝者に振る舞ったことが始まり。貴船川の上に床を設えた川床料理が有名。神職をしていた初代の頃から伝わる「鮎の笹焼き」は、青竹に焼いた石を敷き詰め、笹を敷いて、鮎の塩焼きをのせて蓋をすることで、鮎はふっくらとし、笹の香りをまとう。11月からは座敷で牡丹鍋が供される。
取材・文/中井シノブ 撮影/高嶋克郎
※この記事は『サライ』2022年10月号より転載しました。