文・写真/御影実(オーストリア在住ライター/海外書き人クラブ)

むき出しの山肌を泥だらけになりながら駆け降りる、世界一過酷な耐久オフロードバイクレース「エルツベルクロデオ」。その会場となっているのは、オーストリアのエルツベルク鉱山だ。

鉱山と言えば坑道をイメージすることが多いが、エルツベルクは山を削って露天掘りを行っている、野ざらしの採掘場だ。

ピラミッド状の露天掘り鉱山エルツベルク

山深いオーストリア、シュタイヤーマルク州にあるこの鉱山は、世界最大の菱鉱石埋蔵量を誇る、中欧最大の露天採掘場だ。周辺地域からも金、銀、銅、鉛、硫黄などの鉱石が採掘され、有数の鉱山地域として知られている。

巨大なピラミッドのような形をしたこの露天鉄鉱山を、採掘車両をリメイクした「世界最大のタクシー」に乗って巡ってみた。

※ErzbergRodeoは、「エルズベルグロデオ」「エルツベルグロデオ」と表記されることもあるが、本記事では原語発音に従い、「エルツベルクロデオ」と表記する。

「世界最大のタクシー」ハウリー

「鉄鉱石の山」エルツベルクの歴史

この地域の製鉄は11世紀ごろから記録に残されているが、青銅器時代にはすでに銅の採掘が始まっていたとされ、紀元前13年に古代ローマ人が作った三つの溶解炉も発掘されている。オーストリアの鉄は、ローマ人に「ノリクム属州の鉄」と呼ばれ、交易も行われていた。

採掘方法も時代によって異なる。12世紀ごろには地表に見える鉱脈を掘っていたが、16世紀には掘りつくし、坑道を掘り進める形での採掘に切り替わった。

火薬の使用が可能となった18世紀前半から再び露天掘りが可能となり、19世紀後半からはダイナマイトが使用された。現在では、液体の爆発物を使用し、週に10回の爆破が行われている。

露天鉱山の段と岩肌

採掘場が整備され、現在のピラミッド状になったのは、19世紀末のことだ。現在は24メートルの段が40段作られている。標高は1532メートルあったが、採掘で低くなり、現在は1465メートルの山だ。

掘り出された鉄鉱石を製鉄所に運ぶため、19世紀後半に「エルツベルク鉄道」が開通した。この鉄道は、現在はローカル線としてファンの間で愛されている。

参考記事:EUで最も傾斜のきつい標準軌鉄道「エルツベルク鉄道」(オーストリア) https://serai.jp/tour/337711

ヴァッサーマン伝説

エルツベルクの鉄鋼の歴史は、「ヴァッサーマン」伝説に語られている。

昔々、アイゼネルツという町の近くの洞窟に、水辺に住むみすぼらしい水の精「ヴァッサーマン(直訳:水の男)」が住んでいた。財宝を隠し持っていると噂されていたため、町の人たちは、彼を罠にかけて捕獲してしまう。

ヴァッサーマンはこの町の人たちに対し、取引を持ち掛ける。「私を自由にしてくれ。そうすれば、10年分の金、100年分の銀、永遠の鉄、この三つのうちどれかほしいものを与えてやる」

町の人たちは賢明にも、「永遠の鉄」を選んだ。解放されたヴァッサーマンは約束を守り、それ以来、この土地では永遠に鉄が採掘できるようになった、という伝説だ。

エルツベルクを「世界最大のタクシー」で豪快に巡る

それでは、このエルツベルク露天掘り鉱山を見学してみよう。

敷地内に入ると、巨大な工業用車両が目に入る。「ハウリー」の愛称で呼ばれるこの車両は、日本のコマツ社製の引退した採掘車両だ。幅5.5メートル、長さ11.5メートル、高さ4.5メートルの、小山のような車体だ。本体重量が55トンで、77トンの鉱石を運ぶことができる。タイヤの直径は2.6メートル。大人の男性よりずっと大きい。

荷台部分が客席に改造されている「ハウリー」

ヘルメットを着用して「ハウリー」に乗りこむと、鉱山ツアーが始まる。車内にはスクリーンも設置されていて、車外の死角も見ることができる。

「ハウリー」車内

岩肌を削った階段状のガタガタ道を、巨大な車両で走る気分は格別だ。耐久レース「エルツベルクロデオ」で、この危険な崖をオフロードバイクが走り下りる様子を想像すると、鳥肌が立つ。まさに、カウボーイが荒れ狂う牛を乗りこなす、ロデオのような興奮に違いない。

しばらく走ると停車し、車外に設置されたプラットフォームから鉱山を見下ろすことができる。4メートルの車高から見下ろすと、どこかの惑星に降り立ったような非現実的な絶景に、乗客たちはざわめき立つ。谷底には、鉱石のミネラルを含んだのだろうか、ふしぎな色の池ができている。

採掘場を見下ろして。谷に見えるのはアイゼネルツの町

さらに進むと、今度は別の工事車両の仕事ぶりを見学することができる。遠くの段に米粒のように見える工事車両は、液体爆発物を仕掛け、爆発の準備をしている。希望者は至近距離からの爆破見学ツアーに参加することも可能だ。まさに採掘作業の日常を、つぶさに目にすることができるのだ。

2段目に小さく見える黄色い車両は、爆破の準備中だ

さらに先に進むと、採掘した鉱石を処理する工場が見えてくる。一日1200万トン採れる鉱石を細かく砕き、鉄分の多い部分をより分け、不純物を取り除く作業は、ここで行われている。こうして厳選された鉄鉱石は、リンツなどの製鉄所へ送られる。

採掘した鉱石を処理する工場

このエルツベルク鉱山では、露天鉱山ツアーや爆破見学ツアーの他に、19世紀まで使われていた坑道の見学も可能だ。ミニ鉄道に乗って鉱山の歴史を学ぶツアーは、子供たちに大人気だ。

坑道を走っていた蒸気機関車

この地域の別の場所には、閉鎖された銅鉱山もあり、まっすぐ歩けないほどの細いルートを、トロッコ鉄道に乗って探検することもできる。まさにこの谷全体が、鉱業で成り立っているのだ。

廃坑となった銅鉱山

鉱山の街アイゼネルツ

エルツベルクの近くには、何百年もこの谷の鉱業の歴史を支えてきた、「アイゼネルツ」の町がある。

アイゼネルツの町並み

この町の聖オズワルド教会は、一見の価値がある。小高い丘の上に建てられた、まさに中世の要塞と見紛う堂々たる姿。オーストリアにはこのように、外敵の攻撃に対し、要塞機能を持つように作られた教会が数多くあるが、その中でも聖オズワルド教会は随一の堅牢さだ。

アイゼネルツの聖オズワルド教会

エルツベルクだけではなく、この鉱山地域一帯の文化や歴史を肌で感じることができる町だ。

* * *

中欧最大の露天掘り鉄鉱山アイゼネルツは、現役の採掘現場や見学ツアーだけでなく、「エルツベルクロデオ」のようなモータースポーツや、音楽フェス、アウトドアイベントの会場ともなっている。過去と現在、工業と文化、実用性と神秘性など、一つの鉄鉱山が様々な側面を持ち、今でも地域の人たちに愛されているのだ。

文・写真/御影実
オーストリア・ウィーン在住フォトライター。世界45カ国を旅し、『るるぶ』『ララチッタ』(JTB出版社)、阪急交通社など、数々の旅行メディアにオーストリアの情報を提供、寄稿。海外書き人クラブ会員https://www.kaigaikakibito.com/)。

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