文・写真/御影実(オーストリア在住ライター/海外書き人クラブ)

なぜローカル線は、山奥の渓谷を走るのか? 鉄道には、「その場所に作られた必然性」があり、その必然性が何らかの形で変化した時、ローカル線はその役割を終える。

今回紹介する「シュタイヤータール鉄道」も、そんな「役割を終えた渓谷の路線」だ。自然と産業の間で生まれ、繁栄し、時代に取り残されたローカル線。一本の路線の誕生から終焉、そして現在までを追いかける。

森に隠された財宝と、川下りの歴史

オーストリア第三の都市リンツの南に広がる、カルクアルペン国立公園とゲソイゼ国立公園。アルプスの始まりにふさわしい、深い森と渓谷が広がっている地域だが、ここには、「鉱石」と「木材」という宝が隠されている。

ゲソイゼ国立公園

オーストリアは、ケルト時代から知られる鉄の産地だ。中欧最大の露天鉱山エルツベルクは、紀元前から現在まで鉄鉱石が採掘されているほか、銅、硫黄、石膏など、様々な鉱物がこの国の産業を支えてきた。

鉄を始めとする金属の生産には、鉱石の他に、大量の木材が必要となる。この地域の森を源泉とし、合流してドナウ川に流れ込むエンス川とシュタイヤー川は、昔からこの鉱石と木材の運搬に欠かせない役割を果たした。木材は、この周辺で採掘された各種鉱物の精製だけでなく、建材、燃料、木炭、製紙などにも使われ、林業はこの辺りの最も重要な産業でもあった。

鉄橋からのシュタイヤー川の眺め

19世紀後半まで、この両川上流で伐採された木材は、山脈を縫うようにして流れる川の流れを利用し、一本一本下流まで流送するホルツトリフト(「管流し」)や、一人乗りの小型筏で下流の町に運ばれていた。

この木材運搬の技術が、鉄道によって一気に進化したのだ。「シュタイヤー川が流れる谷」を意味する「シュタイヤータール鉄道」は、そんな木材と鉱石の運搬需要にこたえ、1889年に開通した、オーストリア最古の狭軌道鉄道だ。

シュタイヤータール鉄道の発展と衰退

この軌間760mmの狭軌道鉄道の終着点は、シュタイヤー川とエンス川が交わる町、シュタイヤーだ。歴史的に鉄鋼業で発展してきたこの町には、1830年には武器工場が作られ、鉄と木材を利用して、狩猟用や戦闘用の銃が製造されていた。

工業の町というイメージに反し、歴史的街並みが残されているシュタイヤー

第一次世界大戦中は、銃器の需要が高まったことで、シュタイヤーの武器工場は大きく発展し、シュタイヤータール鉄道の交通量も格段に増えた。1915年には自動車工場も作られ、現在では「シュタイヤー・ヴェルケ」社として、武器及び自動車の製造を続けている。

1880年頃から使用されていた鋳造機械

しかし、この路線の最盛期は、第一次大戦と共に終焉を迎えた。自家用車の時代になって乗客が激減し、本線との軌道が異なるため、木材や鉱石はトラックで運搬されるようになる。

武器工場があったシュタイヤーの町は、第二次世界大戦で大きな爆撃を受けたが、シュタイヤータール鉄道は奇跡的に終戦を無傷で迎えた。しかし、ディーゼル機関車が走ることができず、コストの高い蒸気機関車専用の路線として、その後も整備が進まず、時代から取り残されていく。

それでも、この山間の路線では、蒸気機関車が走り続け、人や物資を運搬し続けた。そして1980年、落石事故が発生する。技術的には修復が完了したにもかかわらず、コスト面から「走行不能」という決定が下され、2年後には全路線の運行停止が決定的となった。こうして、この路線は、唐突にその歴史に幕を下ろしたのだ。

そして1985年、シュタイヤータール鉄道は、「博物館鉄道」としてよみがえった。現在では、夏季の週末と、冬季の限られた祝日のみ運行し、鉄道好きや家族連れを楽しませている。鉄道が撤去された部分はサイクリングコースとなっていて、博物館鉄道に自転車を積んで終点まで行き、そこからは廃線跡を走ることも可能だ。

オーストリアのローカル線では、通常運行はディーゼル機関車で、年に数回のイベント時のみ蒸気機関車が登場することが多いが、「欧州最古の蒸気機関車専用の狭軌道鉄道」であるこの路線では、気軽にSLの旅を楽しむことができる。

博物館鉄道、車窓からの風景

それでは、このシュタイヤータール鉄道に乗ってみよう。通常はグリュンブルクからシュタイヤーまでの17kmを走行するが、現在地滑りの影響で、シュタイヤーからほど近いアッシャッハまでの運行となっている。それでも、このシュタイヤー川沿いの美しい森林風景を十分に堪能できるコースだ。

グリュンブルクの駅舎
シュタイヤータール鉄道客車

1929年製の蒸気機関車につながっているのは、レトロな客車。夏休みということで家族連れでにぎわっている。田舎のローカル線独特の、のんびりとした雰囲気が漂うグリュンブルク駅から最後尾の車両に乗りこむ。

車窓からの風景は、シュタイヤー川だ。130年前までは小型筏が進み、木材が流れていた川だが、水運に使われなくなってからは、数々の水力発電所やダムが造られた。19世紀の鋼鉄製の鉄橋も見所の一つだ。

行く先には鉄橋が見える

25分ほど走ると、現在の折り返し地点アッシャッハに到着する。乗客が思い思いに下車し、写真撮影を楽しむ中、先頭にいた蒸気機関車がポイントを使って切り返しを行い、最後尾に連結する様子を目の前で見ることができる。

先頭車両から切り離され、隣の車線を通って移動する機関車を、客車から撮影

機関士たちが100年前から変わらぬ真剣なまなざしで蒸気機関車を運転し、慎重に連結が完了すると、乗客からは拍手が上がる。行きの最後尾は帰りの先頭車両だ。

真横を通過する機関車
帰路の先頭車両に連結するために後退する機関車

ゆっくりと列車は、グリュンブルクの駅に向けて、元来た道を走りだす。運転席のすぐ後ろで、風を感じながら見る風景は格別だ。機関士たちが目の前で、のんびり窓の外を見たり、機器を操作したりしている。

のどかな車窓風景を、機関士たちと共に眺めている

* * *

約1時間の蒸気機関車の旅は、自然と産業の歴史をめぐる旅でもあった。グリュンブルクの駅に戻り、列車を眺めていると、この鉄道が走り抜けた歴史と、蒸気機関車と共に取り残されてしまった路線の「老後」を実感する。

しかし、こうやって鉄道ファンや家族連れに囲まれ、週末に田舎道を走る老後も悪くはない。そう感じた「シュタイヤータール鉄道」の道行きだった。

文・写真/御影実
オーストリア・ウィーン在住フォトライター。世界45カ国を旅し、『るるぶ』『ララチッタ』(JTB出版社)、阪急交通社など、数々の旅行メディアにオーストリアの情報を提供、寄稿。海外書き人クラブ会員https://www.kaigaikakibito.com/)。

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