文・写真/藤木香(海外書き人クラブ/元カナダ在住、現スコットランド在住ライター)
昨年2021年11月、日本の岸田首相も出席しスピーチも行ったCOP 26(国連気候変動枠組条約第26回締結国会議)が、スコットランドはグラスゴーで開催されたことは、まだ記憶に新しい方も多いだろう。このCOP26開催中、本題の気候変動問題とは別に、地元スコットランドで脚光を浴びた商品をご存じだろうか。
それは、「Irn-Bru」という名の炭酸飲料だ。「アイアンブルー」と発音するこのソフトドリンク、地元グラスゴーの飲料メーカーAG Barr社が生産し、スコットランド国民から絶大な指示を集める飲みものだ。
COP 26に参加中のアメリカ国会議員に、スコットランド第一首相ニコラ・スタージョンがこのアイアンブルーの缶を差し入れ、地元商品をさりげなくアピールしたことが、スコットランド国内ではホットニュースとなった。
スコットランドの飲みものといえば、恐らく大抵の人はウイスキーを頭に思い浮かべるだろう。しかし、スコットランド人の頭には、もう一つ浮かぶものがある。それがアイアンブルーだ。
アイアンブルーは、スコットランドでは「もう一つのナショナルドリンク(Scotland’s Other National Drink)」との異名を持つほど、ウイスキーと同等、場合によってはそれ以上とも言える、確固たる地位と存在感を確立している飲みものなのである。
その理由は実際スコットランドに降り立ってみると分かる。アイアンブルーはとにかく、ありとあらゆる所で売られている。コンビニ、スーパー、カフェにパブ。どこへ行っても、他国では見慣れない、鮮やかな蛍光オレンジ色と青地に白のロゴが目に付くのだ。
ソフトドリンクはアイアンブルーだけ置いているという売店もあるとか。スコットランドに来て、アイアンブルーを見過ごすことの方が難しいくらいだ。
それもそのはず、アイアンブルーのスコットランド国内売上本数は、1947年以来、実に70年以上もの間国内トップ(2020年調べ)を守り続けている。ソフトドリンク売上本数でコカ・コーラ社以外の商品がトップの座に居座る国は、実は世界でも珍しいのである。
海外でアイアンブルーを求めてスーパーを梯子するのは、海外在住スコットランド人“あるある”の一つなのだそうだ。それくらい、アイアンブルーはスコットランド人から切り離せない存在らしい。そこまで国民に愛されるソフトドリンクとは一体どんなものなのか、ざっくりご紹介しよう。
見た目
パッケージは前述の通り、鮮やかな蛍光オレンジ色と青地に白のロゴ。真ん中でマッチョな男性がポーズを決めている。飲みもの自体の色は、明るい蛍光オレンジ色。コカ・コーラ社商品のファンタオレンジに色が似ているが、もう少し濃い色味だ。
味
よく言われるのが「言葉ではうまく説明できない」味。オレンジとブラックカラントが混ざった味、オレンジ風味のジンジャー味、バブルガム味、クリームソーダ味等など。アイアンブルーほど味の表現が一致しないソフトドリンクは、なかなか聞いたことがない。聞かれたものなら、大抵の人は考えた末に「実際飲んでみて」と答えることになってしまうのだ。
これまたよく言われるのが、「また飲みたくなってしまう」味。やめられない味なのだとか。甘さはあるが、他のソフトドリンクと比べてそこまで甘いとも感じない。近年イギリスで導入された砂糖税対策として、砂糖含有量を1缶当たり15.5gにまで減らしたばかり。これはコカ・コーラの半分以下の量だ。
飲み方
いわゆるソフトドリンクとして、食事の際に飲んでいる姿を見かけることが圧倒的に多い。ソーセージロール、ハンバーガー、サンドイッチ等、パンベースの食べものとの組み合わせが多い印象だが、中華、タイ、韓国料理などに合わせても違和感はない。
エナジードリンクとして、眠気覚ましのカフェインを求めて、という声も少なくない。カクテルの材料として使うパブもあるようだ。ウイスキーに混ぜて飲む、という声も地元民の間でチラホラ。
ちなみに、以前メーカーが行ったアンケートによると、アイアンブルーは、グラスに注いで飲む派が7割強と、缶もしくはボトルから直接飲む派を圧倒的に上回る。
その他
二日酔いに効く。これは地元民の間でもよく聞かれるが、これは人によるらしい。真相を知りたい方は、ぜひ実際に、飲酒後に飲んで試してみてもらいたい。
アイアンブルーは1901年、当時建設中であったグラスゴー駅の工事現場で働く鉄鋼作業員達に対し、ビールの代替品という売り文句で販売し始めたのが始まりと言われる。
当初はIrn Brewという名前だったのだが、実際はbrew(醸造)していないものにbrewの言葉を使用するのは違法ということで、1946年にIrn Bru(読み方はどちらも同じ)に改名した経緯がある。
32種類の材料から成るとされるアイアンブルーのレシピは、AG Barr社創業者一族の3人しか知らず、リスク回避の為にこの3人は必ず別々の飛行機に乗る、などというスコットランドの都市伝説もあるとかないとか。
星の数ほどエピソードには事欠かないアイアンブルー。過去には、健康に良くない合成着色料の使用が波紋を呼んだり、ジャンクフード代表の様な形でやり玉に上がったり、と決して良いことばかりの優等生商品ではないのも興味深い。
世間の荒波を乗り越えながら、攻めの姿勢を崩さないAG Barr社とアイアンブルーに、スコットランド人は共感を覚えるのか、という考察は少々行き過ぎだろうか。
最近では2018年に、トランプ前米大統領がスコットランドに所有するゴルフクラブが、こぼした場合カーペットに鮮やかな染みができてしまうという理由で、クラブ内でのアイアンブルー販売を禁止したことが発覚。「スコットランドに対する宣戦布告だ」などと地元メディア各社が面白おかしく書きたて、話題を呼んだ。
生産開始以来、波乱はありつつも人々に愛飲され続けて100年以上。昨年2021年6月には、エリザベス女王とウィリアム王子がアイアンブルーの新生産工場を訪問したというのだから、庶民からロイヤルまでが認めた、由緒正しいスコットランドの飲みものと言ってももはや過言ではないだろう。
スコットランドに来て、地元特産の飲みものを飲んでみたいが、アルコールがダメでウイスキーは飲めない、という方。アイアンブルーがありますよ。ぜひお試しあれ。
AG Barr社公式HP:https://www.agbarr.co.uk/
The Guradian紙ウェブ版:’An emblem of Scotland’: how Irn-Bru stole the show at Cop26 https://www.theguardian.com/business/2021/nov/12/irn-bru-scotland-cop26-sturgeon-aoc
INDEPENDENTウェブ版:QUEEN INTRODUCED TO IRN-BRU ON OFFICIAL TRIP TO SCOTLAND https://www.independent.co.uk/life-style/royal-family/the-queen-prince-william-scotland-irn-bru-b1874035.html
文・写真/藤木香 (元カナダ在住、現スコットランド在住ライター) 米大学院環境学修士号取得後、約5年間のカナダ生活を経て、2019年よりスコットランド在住。海外関連記事執筆や取材コーディネーター等として活動中。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。