文・写真/藤木香(海外書き人クラブ/元カナダ在住、現スコットランド在住ライター)

小説家ブラム・ストーカーによって1897年に発表された、かの有名なホラー小説「ドラキュラ」。物語では、ルーマニア・カルパティア山脈に城を構えていたドラキュラが、新たな獲物を求めてイングランド北部ヨークシャー州の港町ウィットビーの海岸に上陸し、教会墓地の廃墟を拠点に暗躍する。地名がそのまま作品中に登場するウィットビーの聖メアリー教会廃墟は、このドラキュラ城の背景に使われたとして、世界的に知られている。

ベラ・ルゴシ扮するドラキュラ。
Screenshot from “Internet Archive” of the trailer for Dracula (1931) [public domain], from Wikimedia Commons

しかし、このドラキュラ城の背景と伝えられる場所が、実はスコットランドにもあるのだ。スコットランド東海岸沿いを北上し、第三の都市アバディーンからさらに北へ約25マイル進むと、海辺の町クルーデンベイ(Cruden Bay)が見えてくる。クルーデンベイの端の端、崖っぷちにその古城「スレインズ城」(Slains Castle)は建っている。

北海岸の崖っぷちに建つスレインズ城

ブラム・ストーカーは、慌ただしいロンドンを離れては、この小さな港町クルーデンベイで何度も夏を過ごし執筆に励んだと伝えられ、その回数は少なくとも12回と推定されている。そして、スレインズ城は「ドラキュラ」創作に大きなインスピレーションを与えたと考えられている。これは単なる想像ではなく、主張を裏付ける事実がきちんとある。

夕陽に赤く照らし出される夕刻時のスレインズ城

スレインズ城から歩いてすぐのクルーデンベイ(現在は「ポート・エロール/Port Eroll」とも呼ばれる)の町のホテルには、ブラム・ストーカーがドラキュラの執筆を開始した1895年に、彼が宿泊した記録がまだ残っているといわれている。

ブラム・ストーカーの宿泊記録が残るといわれるホテル

また、小説内に登場するドラキュラ城の間取りの一部は、スレインズ城の間取りに一致するといい、中でもOctagonal  Hallと呼ばれるレセプションルームは、小説内のドラキュラ城に描かれたレセプションルームと酷似しているというのだ。

Octagonal Hallへ繋がる回廊跡

ところでこのスレインズ城、地元では「ニュー(新)スレインズ城」と呼ばれることもある。というのも、1597年に城を建てたエロール伯爵家Hayファミリーは、元々はここではなく、6マイルほど南下した所にある港町コリエストン(Collieston)の海岸沿いに建つ、オールドスレインズ城(Old Slains Castle)に居を構えていたからである。

Hayファミリーの元々のお膝元だった静かな港町コリエストン

Hayファミリーは古くより地元伯爵家として影響力を持つ名家であったが、あるとき第9代当主 Francis Hay に、カトリック信仰を貶める為の反乱に関わった疑惑が持ち上がる。その結果、1594年に当時の権力者ジェームズ6世によって、Hayファミリーの住むオールドスレインズ城は爆発物で破壊されてしまう。Hayファミリーはオールドスレインズ城爆破と同時に国外追放されたが、3年後に再びこの地へ舞い戻ることを許され、6マイルほど北のクルーデンベイに新たにスレインズ城を建てたというわけだ。

オールドスレインズ城の残骸。爆破されたのち、要塞として使用されたこともある。

スレインズ城は、荒涼とした土地の端、断崖絶壁の上に佇む。一年中冷涼な気候のもとで絶えず雨風に晒され、悪天候下では崖下から激しい波が打ち寄せる。

窓枠のすぐ下は断崖絶壁。

薄暗い日は、城の周りはなにやらおどろおどろしい雰囲気に包まれることも。国を一度追われたHayファミリーの歴史を知ると、怨念・野望など城内に渦巻くものがあったのではないか、などと想いを馳せることもでき、「ドラキュラ城はスレインズ城」説は十分に説得力がある。

薄暗い夕暮れ時のスレインズ城

スレインズ城は1597年の建設以来幾度も建て替えられながら、300年以上の年月をHayファミリーの繁栄とともに歩んできたが、一家の没落により1919年に他人に譲渡、さらに1925年にはその買い手が城の維持を断念、現在はファンドにより管理され、Historic Environment Scotland リストにも指定されている。

ブラム・ストーカーがクルーデンベイを訪れて執筆活動をしていたのは、まだHayファミリーが城を維持していた頃であり、時期詳細は不明だが、スレインズ城にゲストとして招待されたことがあり、内部を直接見たことがあるのではないかと伝えられている。

在りし日のスレインズ城

ブラム・ストーカーは、スレインズ城の他にも、前述のオールドスレインズ城がある港町コリエストンや、同じくスコットランド東海岸沿いの漁師の町ガーデンズタウン(Gardenstown)を、自身の小説内に取り入れているのだという。こうした背景を元に、ブラム・ストーカー作品にまつわる地を歩く、「ブラム・ストーカー・ツーリズムトレイル」を新たに整備してはどうか、という動きも地元では出ているようだ。

港町コリエストンからオールドスレインズ城の方へと続く海沿いトレイル

アバディーン市・州観光局サイト:https://www.visitabdn.com/listing/slains-castle
Historic Environment Scotland公式ウェブサイト:https://www.historicenvironment.scot/about-us/news/new-slains-castle-awarded-listed-status/

文・写真/藤木香 (元カナダ在住、現スコットランド在住ライター) 米大学院環境学修士号取得後、約5年間のカナダ生活を経て、2019年よりスコットランド在住。海外関連記事執筆や取材コーディネーター等として活動中。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。

関連記事

ランキング

サライ最新号
2022年
12月号

サライ最新号

人気のキーワード

新着記事

ピックアップ

サライプレミアム倶楽部

最新記事のお知らせ、イベント、読者企画、豪華プレゼントなどへの応募情報をお届けします。

公式SNS

サライ公式SNSで最新情報を配信中!

  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
  • LINE

小学館百貨店Online Store

通販別冊
通販別冊

心に響き長く愛せるモノだけを厳選した通販メディア

花人日和(かじんびより)

おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店
おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店