文•写真/冨久岡ナヲ(海外書き人クラブ/英国在住ライター)

ジャージー島、と聞いて何を思い浮かべるだろうか。クリーム色で濃厚な味のジャージー牛乳や、体操服に使われる生地ジャージくらいは日本でも知られている。クラシックカー好きなら、100年前のレーシングカーが多数参加するロードレースが行われる島とピンと来るかもしれない。

この島は英国の本土から160kmほど南下したところにあり、英仏海峡に浮かぶチャンネル諸島の中では最も大きい。英国よりもフランスのほうがずっと近く、仏語に由来する方言が今も残り地名もフランス語だらけだ。

Public Domain image by Crbnb, <https://www.wikidata.org/wiki/Q98592850 >From Wikimedia Commons

ジャージー島は英国には属さず、かといって植民地でもないという複雑な位置付けにあり、日本人には非常に理解しにくい。この島を含むチャンネル諸島は「王室属領」と呼ばれるが、英国王室が管理しているわけでもない。島はジャージー政府の自治下にあり通貨は英国と同じ「ポンド」ながら貨幣は独自デザインだ。繋がりといえば英国君主を元首としていること、島民が英国籍を持つこと、有事の時の防衛役は英国政府が担うという取り決めくらいだろう。法律も独自に決め、所得税が収入に関わらず一律20%なことから、お隣のガーンジー島とともに世界中の金融機関や富裕者にタックス・ヘイブン(租税回避地)として利用されている。

この島は第二次世界大戦時、5年間もナチスに占領された。1940年5月にフランスを陥落させたヒトラーが、目と鼻の先にあるジャージーとガーンジー島を英国侵攻の足掛かりと考えたことは不思議ではない。両島政府は英国政府と相談しあわてて「無防備宣言」を行なったのだがナチスには届かず。6月末には食糧を運ぶトラックが軍用車と間違われて爆撃され、主だった港への攻撃が始まった。7月4日には「チャンネル諸島はドイツに降伏した」という発表がなされた。

表向きには「島民の安全を考慮し戦地にさせないため」英国政府はあえて無防備としたことになっていたが、実質的には諸島を「守る価値なし」と戦略的に見捨てたのだった。一方で英国本土侵攻を狙うヒトラーの方は、ここを重要な拠点とするためにどんどん軍団を送りこみ「大西洋の壁」計画の一環として島中に多数の軍事設備を建設していった。

ジャージー島の南西に位置するコルビエ灯台「Corbière Lighthouse (https://www.jersey.com/360/liberate)」も、こうして要塞化された場所の一つだ。今は、美しい灯台と澄んだ波の押し寄せる磯辺を散策しながら戦時の歴史を辿ることができる観光名所となっている。1874年に建てられた高さ36mの灯台は英国初のコンクリート製土台に鎮座し、激しい潮の流れのために海峡の難関と呼ばれる一帯を明るく照らしてきた。

要塞群の先に立つコルビエ灯台

ナチス占領中に作られた建物でまず目を引くのは、空港の管制塔のような7階建ての建物だ。これは観測塔で、当時は18世紀の城壁のような塗装でカモフラージュされていたという。戦後から2004年までは通過する船舶からの通信モニターに使われていたが、今ではホリデーホームとして貸し出されている。

敵機や船の距離を正確に掴むための観測塔。ガラス張りの展望室は後から増築された

灯台に向かって歩いていくと、コンクリートでできた要塞がいくつも現れ戦時中に引き戻されていく。一時は千人近いナチス兵士がこの狭い一角に陣取り、島を取り戻しにくる「はず」の連合軍襲来に備え空と海の両方を警戒していた。潮が引くと灯台への通路が現れるが、周辺には地雷が多数埋められ異様なほどの厳戒態勢だった。疎開せずに残った島民は6万人足らずで抵抗もしていないのに、島へは4万人もの兵士や工事で働かせる奴隷が送りこまれている。ヒトラーの狂気ともいえるチャンネル諸島への執着ぶりには、ナチス幹部も疑問を持ちながら誰も口にすることはできなかったという。

「不落要塞」と呼ばれる要塞の一つ。左が入り口で地下に居住区などがあった
要塞入り口を防御する小窓は銃口がやっと顔を出せるサイズ

占領後ほどなく英国本土からも欧州側からも食糧が届かなくなり、戦局が悪化するにつけ島を占領する軍団の蓄えも底をついた。兵士も島民もひどい飢餓に苦しむこととなり、しまいには敵味方が協力し畑を耕していたという。1945年5月にナチスドイツは降伏し、9日にチャンネル諸島の占拠は終了した。島民の健康を憂いて本土から派遣された軍医団を迎えたのは、英国旗を振りながら涙と満面の笑みを浮かべて走ってくる何百人もの老若男女だった。

今でも毎年「解放の日」は全島で祝われ、コルビエ灯台も多数の島民や観光客が訪れる賑やかな1日となる。英国を訪れる機会があったらぜひジャージーまで足を伸ばし、走り回るナチス兵を見下ろしていたコルビエ灯台を訪れてみてほしい。

1995年に船が座礁した際に乗員全員が救助されたことを記念する石像

ジャージー島へはロンドンからフライトで25分。
コルビエ灯台へは首都セント・ヘリエSt. Helierからバスで30分。正式にはLa Corbièreラ・コルビエという名だが誰もが通称でコルビエと呼ぶ。

ジャージー島観光局オフィシャルサイト:https://www.jersey.com/

文•写真/冨久岡ナヲ (英国在住ライター)
ロンドン在住のジャーナリスト、英国ビジネスや時事ネタを中心に執筆中。旅と鉄道と食が趣味。共著に「コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿(光文社新書)」がある。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/

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