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「ラファエル前派」の傑作名画に出会える英国美術館巡り

文/塚田沙羅(ロンドン在住ライター)

海外、特にヨーロッパへの旅行では美術館巡りを楽しみにしている人も多いでしょう。日本でも西洋美術を鑑賞できる場所は多くありますが、「本場」で観る体験は格別です。

そこで今回は、19世紀のイギリスで興った「ラファエル前派」の傑作と、その実物が観賞できるイギリス国内のアートスポットをご紹介します。

神話や伝説、文学の悲しくも美しい世界を映し出した絵画を数多く生み出した「ラファエル前派」。日本ではまだあまり知られていない流派ですが、イギリスではその独特の作風と美しさから、今でも揺るぎない人気を確立しており、多くの美術館で展示されているのです。

《オフィーリア》をはじめ多くのラファエル前派作品が見られるテート・ブリテン

ラファエル前派の創設者かつ代表的な画家である、ジョン・エヴァレット・ミレイの《オフィーリア》は、美術好きの方なら一度は目にしたことがあるかもしれません。

ジョン・エヴァレット・ミレイ「オフィーリア」1852年

この作品は、シェイクスピアの戯曲『ハムレット』の登場人物である若い貴婦人オフィーリアが、恋人ハムレットに父を殺され我を失い、歌いながら川に溺れていくという悲劇的な最期を描いたものです。美しい色彩と繊細な描写、衝撃的な題材で、世界中の人を魅了してきました。

ロンドンの美術館、テート・ブリテンに展示されており、この作品を目的に多くの人が訪れます。テート・ブリテンはイギリス絵画を中心とした巨大なコレクションを有しており、さまざまなラファエル前派の作品を楽しめる美術館です。

photo by Jimmy Harris via Flickr

1848年、ミレイは友人の画家ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ、ウィリアム・ホルマン・ハントと共に、美術アカデミー(美術教育や芸術家支援の中心となった機関)の体制に異議を唱えるグループを発足します。

当時のアカデミーではルネサンスの表現に偏った美術教育が行われていましたが、ミレイたちはそれに対し、ルネサンス以前の中世や初期ルネサンスの表現に手本を見出すことを提唱しました。「ルネサンスの代表的画家ラファエロより前に立ち返る」という意味を込めて、自分たちをラファエル前派と名付けたのです。

作品のテーマは聖書、中世の伝説、文学作品から引用され、また19世紀の文学もモチーフとして人気を博しました。ドラマティックな場面や、悲恋、悲劇は特に好まれ、唯美的な雰囲気を持つ作品が多く作られました。鮮やかな色彩と、15世紀のフランドル絵画の影響を受けた細密描写も、ラファエル前派の特徴です。

ウィリアム・ホルマン・ハント「シャロットの女」1905年(中世を題材にした19世紀の同名の詩を基に制作された作品)

文学や伝説などのフィクションを多くテーマにしながらも、彼らは自然を観察し描写することを基本としていました。人物を描く際にはモデルを起用し、植物や野外風景なども自然な姿を映し出すように、個々の事物を詳細に描きました。

この思想は、当時の美術批評家、ジョン・ラスキンの「絵画は自然をありのままに再現すべきである」という絵画論に影響を受けたものです。ラスキンは、自然は神の創造物であるため忠実に描写すべきだという考えを持っていました。

ゴダイヴァ夫人伝説の舞台、コヴェントリーのハーバート美術館&博物館

ジョン・コリア「ゴダイヴァ夫人」1898年頃

ラファエル前派の作風に影響を受けた芸術家は多く、そのうちの一人、ジョン・コリアは、気品あるエロティシズムを持つ作品「ゴダイヴァ夫人」で知られています。チョコレートブランド「ゴディバ」の由来ともなった、中世から伝わるゴダイヴァ夫人伝説の一場面です。

イギリス・コヴェントリー領主の妻であった夫人は、民に重税を課す夫を止めようとしましたが、夫は「裸で馬に乗り街を歩けば要求を呑む」と無茶な条件を課します。しかし夫人は恥をしのんでそれに従い、街の民はその恩に報い夫人を見ないように窓を閉ざした…という伝説です。

豪奢な装飾を施された白馬と一糸まとわぬ夫人像の対比、また倒錯的なテーマに現れる美しさは、一目見たら忘れられない印象を残します。

この作品は、伝説の舞台であるコヴェントリーのハーバート美術館&博物館で見ることができます。この美術館にはゴダイヴァ夫人伝説についてとりあげた特別展示室があり、この作品はその中でも一際注目を集めています。

photo by Herry Lawford via Flickr

抒情的で耽美な世界に浸れるロンドンの美術館

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス「人魚」1900年

詩的な情景を得意としたウォーターハウスは、伝説上の生き物である人魚を美しく描き出しました。長い髪をくしけずる乙女の姿をした人魚は、どこか憂いを帯びた孤独さも持ち合わせています。

西洋では、古来から人魚は船乗りを誘惑する存在でした。しかし一部の伝説では、不貞をおかした恋人に絶望して川に身を投げた女性が人魚となり、男性を誘惑するようになったのだとも言われています。この人魚は、叶わぬ恋を探して遠くを見ているのかもしれません。

丁寧に描き込まれた背景もさることながら、装飾品を入れた輝く貝殻、ぬらりとした魚の尾などの質感の描き分けも注目すべき点でしょう。

こちらは、ロンドンの美術学校、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツに所蔵されています。また、前述したテート・ブリテンでもウォーターハウスの他の作品を複数見ることができます。

photo by Christopher Chan via Flickr

 

ウォーターハウスが大きな影響を受けた人物に、ラファエル前派の美術家であるフレデリック・レイトンがいます。ロンドン・ケンジントンにある彼のきらびやかな邸宅も、唯美主義を体現した知る人ぞ知るスポットです。この自邸は現在「レイトンハウス博物館」として公開されており、アラブ風の装飾や噴水、古代ローマ風のモザイクタイル、日本製の壺など、時代や国を問わず彼の唯美主義の観点から集められたもので構成されています。

*  *  *

以上、今回は日本でもまだあまり知られていない「ラファエル前派」の傑作について、実物が見られるロンドンのアートスポットとともにご紹介しました。

ちなみに、ラファエル前派に見られる細密描写は後に写実主義へと発展し、唯美主義的な要素は象徴主義芸術へとつながっていきました。また、ラファエル前派の画家たちと親交を持ち、その理念に引きこまれたウィリアム・モリスは、中世の要素を取り入れたさまざまなデザインを考案し、モダンデザインのルーツを作るとともに、生活と芸術の融合を目的としたアーツ・アンド・クラフツ運動を興しました。

内部での意見の相違などからラファエル前派は長く続かず、数年で解散に至りました。しかし、彼らの開いた道は歴史の中に鮮烈に刻まれ、さらなる美術の発展を導くものとなったのです。

文・写真/塚田沙羅
ロンドン在住のライター。海外書き人クラブ所属。芸大から出版社を経てフリーに。イギリスの文化や生活、アートについてさまざまな媒体で執筆。

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