文・写真/東リカ(海外書き人クラブ/アメリカ在住ライター)
近年、海外におけるジャパニーズ・ウィスキーの評価は高く、入手困難な銘柄も増えている。そんなジャパニーズ・ウィスキーに続き、アメリカのシングルモルト、特に温暖な気候のオレゴン州産のアメリカン・シングルモルトが売り上げを伸ばしている。
世界五大ウイスキーのひとつであるアメリカン・ウイスキーだが、コーンやライ麦を使ったケンタッキーのバーボンやテネシーウイスキーが有名で、シングルモルトはそれほど取り上げられてこなかった。
しかし、例えば、アメリカン・シングルモルトというカテゴリを生み出したといわれるオレゴン州フッドリバーにあるクリア・クリーク蒸溜所の「マッカーシズ・オレゴン・シングルモルト」ウイスキーは、今年、ニューヨーク・ワイン&スピリッツ・コンペティションにおいて審査員が満場一致でゴールド評価を下した商品に与えられる「ダブルゴールド」を受賞。これまでにも、米国最大の出品数を誇るサンフランシスコ・ワールド・スピリッツ・コンペティションやロサンゼルス・インターナショナル・スピリッツ・コンペティションでの金賞をはじめ、有名な品評会で高い評価を受けている。
スコットランドの麦芽と地元オークの樽
「マッカーシズ・オレゴン・シングルモルト」の誕生は、1985年から地元のりんごや梨でシュナップスやオードヴィーのような欧州仕込みの蒸留酒を製造していたクリア・クリーク蒸溜所の創業者スティーブ・マッカーシー氏がアイルランドを訪問したことがきっかけだ。マッカーシー氏は、アイラ島の「ラガヴーリン」に代表されるようなピートが薫るスコッチ・ウイスキーに魅了され、地元オレゴンでも同様のウイスキーを作りたいと試行錯誤を始める。
クリア・クリークは、蒸溜所から200マイル(約322km)圏内という地元産の原料を使い、全てを一から手作りすることを誇りにしてきた蒸溜所だが、当時アメリカの麦芽では、どうしてもピートの特徴的な風味が再現できないため、このウイスキーに関してのみ唯一の例外として、スコットランドのピートで乾燥させた麦芽を輸入することに決めた。
しかし、地元ならではのお酒を作るというポリシーを捨てたわけではない。蒸留した原酒の熟成には、「オレゴン・ホワイト・オーク」とも呼ばれる、北米大陸の太平洋岸北西部にだけに分布する原生オーク「ギャリアナ・オーク」を自然乾燥して作られた樽を採用。雨が多く、温暖な気候のオレゴンで3年間熟成し、ゆっくりとその香りを移していく。
そして、1994年、アメリカ初となるマッカーシー氏のシングルモルトが完成したのだ。
複雑でバランスの良いシングルモルト
マッカーシズ・オレゴン・シングルモルトは、チェリーやバニラの甘さの奥に現マスター・ディスティラーのジョー・オーサリバン(Joe O’Sullivan)氏が「遠くで焚き火をしているような」と表現する心地よいスモーキーでダスティな香りとの絶妙なバランスが自慢だ。
アイラ島を念頭に始められたウイスキー作りだったが、アメリカ北西海岸地区ならではの、飲みやすくも香り高く複雑なシングルモルトが誕生したといえる。
「正露丸」にも例えられるラガヴーリンのような強烈なピート香を鼻先に突きつけられ、シングルモルトは苦手だと思ってしまった人にこそ試してほしい、とオーサリバン氏。オススメの飲み方は、まずストレートで。それからは、何で割ったって構わない。好きなように、肩肘張らずに楽しんでほしい、とのこと。
クラフト製造者が定義するアメリカのシングルモルト
オーサリバン氏は、マッカーシズ・オレゴン・シングルモルトを始めとするアメリカのシングルモルトの特徴として、当地の水や湿度、気温といった自然環境だけでなく、2010年以降急増しているクラフト蒸溜所の創造性が活かされることを挙げた。未だ新しいアメリカのシングルモルトというお酒の定義は、製造者自らが提示しているのだ。
アメリカのシングルモルトの定義を行なっているのは、クリア・クリーク蒸溜所も所属する「アメリカン・シングルモルト・ウイスキー・コミッション(ASMWC)(http://www.americansinglemaltwhiskey.org/; )」という団体だ。80社以上の全米のクラフトウイスキーメーカーが名前を連ねている。ASMWCは、「アメリカン・シングルモルト・ウイスキーのカテゴリを設立し、それが何かを正しく伝えて保護し、共に成長する」ことを目指し、その定義として、以下の6項目を設定している。
(1)原料が100%大麦モルトであること。
(2)単一の蒸溜所で蒸溜されていること。
(3)糖化、蒸溜、熟成を米国内でおこなっていること。
(4)容量700リッター以下のオーク樽で熟成されていること。
(5)蒸溜後の度数が160プルーフ(80%)を超えていないこと。
(6)度数80プルーフ(40%)以上でボトリングされていること。
このように、例えば樽の種類や熟成年数は特に定めておらず、「シングルモルト・ウイスキーという伝統を継承しながらも、自分たちだけの新しいバージョンを生み出したい」という小さな蒸溜所の参入や創造の余地を残したインクルーシブなものだ。
例えば、オレゴン州ポートランドの「ウエストワード・ウイスキー(https://westwardwhiskey.com/; )」蒸溜所では、オレゴン産の麦芽やエールイーストを原料に内面を焦がしたオーク樽で熟成させた後、さらにオレゴンの名産品であるピノ・ノワールワイン熟成に使われたフレンチ・オーク樽で寝かせたアメリカン・シングルモルトを製造。オレゴン州のお隣、ワシントン州シアトルの「ウエストランド蒸溜所(https://www.westlanddistillery.com/; )」では、5種類の麦芽をブレンドしたフラッグシップとなるシングルモルトはもちろん、「アウトポスト(前哨地・開拓地)」と名付けて、地元ならではの、珍しい大麦やピート香を取り入れたパイオニア精神を反映した新しいシングルモルトを生み出している。
「新世界」のシングルモルトはますます面白くなりそうだ。クラッシックなシングルモルトと飲み比べてみるのも楽しいのではないだろうか。
クリア・クリーク蒸溜所(Clear Creek Distillery) https://www.clearcreekdistillery.com/
テイスティングルーム 304 Oak St. Hood River, OR 97031, USA
文・写真/東リカ (海外書き人クラブ/アメリカ在住ライター) 米国オレゴン州ポートランド在住。2014年12月に家族でブラジル・サンパウロから移住。現在はフリーランスとして、日本のメディアへの執筆やマーケティングリサーチを行なっている。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。