日本各地には多くの湧水がありますが、その中で、何故か名水と呼ばれる水があります。
ただ、美味しいというだけではなく、その水が、多くの恵みをもたらし、人々の命に深く関わり、生活を支えてきたからに他ならないからでしょう。それぞれの名水からは、神秘の香りと響きが感じられます。名水の由来を知ることは、即ち歴史を紐解くことであり、地域の文化を理解することでもあります。
名水に触れ、名水を口にすれば、もしかすると、古の人々の想いに辿り着くことができるかもしれません。
歴史ある水を訪ね古都を歩きます。
今回の古都の名水散策は、昭和ロマンの香りを色濃く残す、西国尾道まで名水を求め足を伸ばしてみました。尾道は、瀬戸内海のほぼ中央部に位置しており、狭い海峡の“尾道水道”に面した風光明媚で歴史ある街です。
そんな尾道は、近年多くのサイクリストの憧れのルート「瀬戸内しまなみ海道」の北の起点であると同時に、山陽と山陰を結ぶ「中国やまなみ街道(中国横断自動車道尾道松江線)」の起点都市であることから「瀬戸内の十字路」として、今後の発展がますます期待されています。尾道の中心市街地は、北側には尾道三山(千光寺山、西国寺山、浄土寺山)と呼ばれる山裾が、海岸近くまで迫っているために、海岸線に沿って東西方向に細長く延びた形をなしております。
その尾道三山の山裾や山腹には、歴史のある古刹の寺院や神社などが数多く建ち並び、石段や坂道が多いことから、「寺の町」あるいは「坂の町」と呼ばれ、幅広い世代に人気の高い観光地です。
第二次世界大戦において、尾道は大規模な空襲を受けることがなかったことから、昔ながらの古い街並みが残り、特徴のある通り名の付いた、幾筋もの細い路地が独特の情緒を醸し出しています。
海沿いの狭い平担地には、昭和ノスタルジーが感じられる商店街、海産物問屋や米蔵など雰囲気のある建物が昔ながらの風景をとどめ、港町として繁栄した頃の面影が色こく残る町として、映画のロケ地としても知られております。
古い井戸めぐり資料を頼りに、尾道の路地裏を歩く
瀬戸内地方ということもあり、尾道はもともと降水量が非常に少ない上に、大きな河川もありません。そのため、生活水は地下水に頼るほかなく、古くから井戸を掘り、生活水を確保してきました。
こうした古くから使用された井戸の中には、公営の上水道が普及し給水されている現在においても、名水として語り継がれ市民に愛飲されている井戸水が残っております。そんな井戸を幾つか訪ねてみました。
かつて、尾道の中心市街地には130か所を超える浅井戸が存在していたという調査資料も残っているようです。そうした井戸を観光資源と捉え、10数年前までは「ぷらっと尾道 井戸めぐり」コースなるものがモデリングされて、観光資料として配布されていた時期もあったようです。今回、当時の資料を入手して取材に参考とさせていただきました。
古い観光資料をもとに、いざ“井戸めぐり”を始めてみると、残念なことに資料で紹介さている複数の井戸が、都市整備で埋め立てられたりしていました。今も残っている井戸も、住民が移転して空き家が多くなった路地の奥に、ひっそりと遺構のような状態に…。そうした姿を見てしまうと、これも時代の流れかと少々寂しさを感じてしまいました。
今も健在、懐かしい手漕ぎポンプが残る井戸巡りの散策
それでも、観光地図を頼りに間口の狭い路地裏で開放井戸を探し歩いてみると、手漕ぎポンプのある由緒ありそうな井戸を見つけることができました。その開放井戸は「亀齢泉」と呼ばれ、国道2号線(山陽道)から海岸方向へ少し入った民家の隙間にある広場に、威厳ある姿で鎮座。
小さな三つの祠(ほこら)が祀られていて、地域の住民に大切にされてきたことが窺えました。井戸枠が六角形をしており、その壁面には「亀齢泉」の名が彫り込まれて由緒を感じます。
実際に手押しポンプを漕いで水を汲みあげてみると、サライ世代にとっては、まるで幼い時の友人と邂逅したかのような、懐かしい気分に浸ることができました。公営の上水道が普及している今では、生活水としての役割を終え防災施設として残っているような感じがいたしました。
今後も尾道の歴史を引き継ぎながら、町の防災・防火施設として長く残ってほしいと願わずにはいられませんでした。
尾道随一と呼ばれる名水を、正念寺の「延命水」を求め訪ねる
次に、尾道随一名水として呼び声の高い「延命水」を求めて、正念寺を訪ねることにしました。正念寺は、時宗(じしゅう)のお寺で、天正2年(1574)に「同念上人」(どうねんしょうにん)によって開基されたと伝えられています。
数少ない時宗の寺院であるとともに、全国的にも貴重な半跏坐木造の「阿弥陀如来像」や等身大の「延命地蔵菩薩像」が安置されております。
その延命地蔵菩薩の「閼伽井(あかい)」(お供え水を汲む井戸)として掘られた井戸の水が「延命水」です。「正念寺」は山陽道から近く、古くから山陽道や出雲街道を従来する旅人の休憩地になっていたようで、境内に湧き出す「延命水」は湯茶の接待に使用されたのこと。
多くの旅人の乾いた喉を潤し、長旅の疲れを癒してくれる「延命の水」として、旅人の噂となり長い歴史通して「名水」として語り継がれたのでしょう。
昭和の初期までは、正念寺の「延命水」を売り歩く「水売り」が行われていたという記録も残っております。正念寺の「延命水」閼伽井にも、手押しポンプが現役で使用されており、懐かしい雰囲気です。
口に含んでみると、実にまろやかな味であり、古人のように散策の疲れを癒すことができました。瀬戸内尾道を訪れた折には、路地裏の井戸や正念寺の「延命水」をいただき、長寿のご利益をいただいてください。
所在地・最寄り駅、交通手段
○正念寺(時宗)延命水
住所・所在地:〒722-0044 広島県尾道市西久保町1-5
アクセス:「ロープウェイ山ろく駅」より徒歩約15分。
取材・動画・撮影/貝阿彌俊彦(京都メディアライン)
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