文・写真/杉﨑行恭

西日本のなかでも中国地方はどこまでも続くような里山が各地にあり、走る列車や古い駅舎が津々浦々に点在する。特に日本海岸を縦貫する山陰本線は673・8kmという在来線では日本最長の路線で、空が広く見える非電化区間も長いことから秘密にしておきたくなるような絶景駅が次々に現れる。ここではその山陰本線を中心に紹介していきたい。さらに四国や九州も歴史があるローカル区間が網の目のよう伸び、人々の暮らしを支えてきた鉄道の懐かしい姿を残している。冬を控えた秋空の下、日本の原風景のような「西の駅」をたずねてみよう。

フジテック前駅 近江鉄道

ここは琵琶湖東岸の、米原から続く平野の一角にある孤独な駅だ。駅名からもなんとなく想像できると思うが、エレベーターメーカーの工場従業員のために2006年に開業した無人駅である。駅前には国道8号線が通り、ホームからは約200m先を疾走する東海道新幹線16両フル編成をまるごと眺めることができる。新幹線の向こうに「Big Wing」というフジテックの大工場があり、高さ170mのエレベーター研究棟もそそり立っている。逆にいえばそれ以外なにもない草原が続き、ある意味気宇壮大な風景がホームから楽しめる。米原市によればここは工業団地の予定地だとか。このため駅近くに商店や民家はなく、すぐ東の山を中山道の旧道が越えていく。その山では最近クマが目撃されたという。

鎧駅 山陰本線

空も海もまるごとの絶景で有名な鎧駅。山陰本線は兵庫県の日本海沿岸を通過するとき、入り江に点在する集落を飛び越えるように海岸段丘上に線路を建設した。あの巨大橋がある余部駅と、この鎧駅はそんな難所の高台に建設された駅だ。今では片側ホームしか使わない無人駅だが、反対側の廃止ホームに地下通路で渡ると、眼下に鎧漁港と日本海の大景観がひろがる。駅の標高は40m、かつては漁港から魚を出荷するために駅までインクライン(傾斜鉄道)を作ったほど豊かな港だった。そのインクライン跡も残る鎧駅は途中下車の価値あり。ただ冬季の荒天時には海からの風雪がモロに吹き寄せる極寒駅となる。

東浜駅 山陰本線

山陰本線を京都側から見て、鳥取県に入った最初の駅がこの東浜駅だ。駅を出るとすぐに美しい砂浜があり、波静かな好天の日は時の経つのも忘れるほどの海岸風景を堪能できる。その白砂の海岸を目指してJR西日本のクルーズトレイン「TWILIGHT EXPRESS瑞風」も停車することにちなんで駅舎も鏡張りの天井をもつ回廊のような建築になり、正面に見える海原にいざなうようなイメージになった。このように「駅舎」の概念を越えた停車場も面白い。そんな鏡の屋根のまわりには広大な空があり、陽光が降り注いでいる。この東浜駅は、構内にある太陽光発電などの自然エネルギーで駅の電気を賄っているという。

江崎駅 山陰本線

豊かに広がる水田と静かに流れる田万川(たまがわ)。山陰本線が山口県に入ったところにある江崎駅は昭和3年建築の木造駅舎とともに、古い日本映画に登場するような田舎風景につつまれている。駅舎よし、風景よし、天気良し(訪ねたときは)、まさにめっけ物の駅だ。本線の駅らしくホームは長大で、おそらく以前は列車交換も行われていたのだろう、今は使われなくなった上り線ホームが残る。それでも待合室や駅構内は隅々まで掃除されている。ここは町の中心が海岸部にあり、少し離れていることもあって日中は静かな時が続く。そして掛け値なしの大空が見渡せる駅だ。

宇賀本郷駅 山陰本線

空を見る、その文脈で言えばもっともふさわしいのがこの宇賀本郷駅だろう。山陰本線西端に近い山口県の海沿いにある無人駅には、自転車が立てかけられた小屋のような待合所と、それに続く一本道しかない。少しばかり荒れたホームの棒線駅(片側ホームのみの駅)だが、ここから響灘に続く透明感ある眺望がすばらしい。そして近隣には小集落があるが商店はない。「宇賀」という地名は一説に難所や危険な場所を意味するというが、何かあったのだろうか。ここ数年の1日乗車人数は2〜3人、その数人だけがこの素晴らしい駅の風景を見ている。あまり教えたくない絶景の駅だ。

安和駅 土讃線

多度津と窪川を結ぶJR土讃線のなかで、最も海に近い駅がこの安和駅だ。ホームから砂浜まではおよそ20m、その先にはクジラが泳ぐ(たぶん)土佐湾、そして太平洋が広がっている。駅とはいってもホームに待合所があるだけの簡単なもの、それでも安和集落の玄関として昭和初期から役割を果たしてきた。待合所のベンチに座ると、どっかーんと海原だけが見え「あの向こうにアメリカがあるのだ」と意味もなくでかい気分になる。四国遍路八十八ケ所めぐりの遍路道もこの駅近くを通り、焼坂峠の難所を控えた場所だけにときどき駅で休憩するお遍路さんの姿も見かける。

福島高松駅 日南線

南宮崎から志布志までを結ぶ日南線、こちらもスケールの大きさを感じさせるローカル線だ。観光列車の「海幸山幸」が走り、沿線にはプロ野球広島カープ(油津)や西武ライオンズ(南郷)のキャンプ地をもつ派手な路線でもある。しかしそれも日南線の北半分の話、南郷以南は列車間隔が最大3時間を超すようなダイヤになる。そんなところにある福島高松駅はよほどの物好きでもないと下車しない無人駅だ。駅前は未舗装でシュロの木が一本だけ茂り、近くに牛の飼育場があるだけだが、あっけらかんとしたホームの開放感は群を抜く。徒歩数分のところに美しいビーチもある。

西大山駅 指宿枕崎線

沖縄にモノレールが開業するまでは日本最南端にある駅として有名だったが、大空がとてつもなく大きな駅としても評価したい。なにしろホームから見渡しても畑のほかには開聞岳しかないのだ、この優美な山も天を引き立てる小道具にも見えてくる。今も「JR最南端の駅」として観光客が訪れるので、空を見ながらのんびりしていると「シャッターを押して」と頼まれることが多い。毎年12月から2月にかけて駅の周囲は菜の花が見ごろになる。これからの季節、南国の駅で花に囲まれて空を見るのも面白いだろう。

【東日本編】 はこちら

【中部編】 はこちら

文・写真/杉﨑行恭
乗り物ジャンルのフォトライターとして時刻表や旅行雑誌を中心に活動。『百駅停車』(新潮社)『絶滅危惧駅舎』(二見書房)『異形のステーション』(交通新聞社)など駅関連の著作多数。

 

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