文・写真/杉﨑行恭

天高き秋、列車に乗ってニッポン晴れの空を愛でに行きませんか。そして誰にも邪魔されずにホームを独り占めなんてゼイタクも。だいたいローカル区間に行けばほとんど人のいない無人駅ばかり、今回は秋の「天空見物」の文脈で全国の駅を探してみた。次の列車が来るまで上を見て、首が疲れたら寝っ転がって、掛け値なしに宇宙まで続く蒼穹を堪能してみよう。まずは東北・関東の5駅をご紹介。

川倉駅・津軽鉄道

川倉駅から遠ざかる列車、小さく岩木山も
川倉駅の秋風景

JR五能線五所川原駅から北に分岐する津軽鉄道、青森の米どころを走る非電化単線の線路は、津軽平野の彼方に吸い込まれるように伸びていく。唯でさえ寂しさが募る北東北の晩秋、この川倉駅で降りたならもれなく巨大な天空がついてくる。土を持ったホーム、掘っ立て小屋の待合室、そして遠くには津軽の名峰岩木山も見えるだろう。このあたり、津軽鉄道名物の列車アテンダントが白い紙を見せ「地吹雪の写真です」と笑わせる場所だ。

驫木(とどろき)駅・JR五能線

空と海だけの轟木駅
木造駅舎がある轟木駅

ジスイズ五能線! というべき殺風景の極みのような無人駅だ。海岸段丘上にあって眼前の日本海の大海原に圧倒される。さえぎるものが一切ない無防備さもこの駅の魅力、案外このように線路と渚の間に夾雑物がない鉄道風景も珍しい(釧網本線や大湊線にちょっとあるけど)。晴れた日には吸い込まれるような天空が待ち構え、冬の荒天時は恐ろしいほどの荒波がおしよせる、そしてひとたび下車すると次の列車まで長大な「時」が手渡される。覚悟して訪れたい大空満載の駅だ。

大石田駅・JR奥羽本線/山形新幹線

屋根に登れる大石田駅
大石田駅のスタンド型駅舎

無人駅でもローカル駅でもないが、屋根に登ってネッコロがれるのがこの大石田駅だ。それというのも本邦唯一の「観客席型駅舎」というか、つまり駅舎が自由に登れる階段状のスタンド型なのだ。しかもスタンドから見えるのは駅前広場と町並みの空だけ、聞けば「想いの屋根 」と名付けられていて、夏の花火大会のときは絶好の観覧席になるという。スタンド最上部からは遠く月山や鳥海山まで望める展望台で、たぶん新幹線停車駅のなかでは群を抜く個性派駅舎といえるだろう。

成島駅・JR米坂線

成島駅と吾妻連峰
成島駅のホームから

米坂線は米沢駅を出ると、米沢盆地の西端をなぞるように北上していく。あるとき車窓を見て思わず下車してしまったのがこの成島駅だ。「家が何軒か、それにお寺と畳工場だけ」と近所の人がいう小集落を背に、百点満点の水田風景がホームの前に広がっているのだ。そして遠くに蔵王山系の山並みが連なり、眺めているだけで爽快な気分になる。片面一線だけのささやかな無人駅のホームが、スケールの大きな米沢盆地鑑賞台となっているのだ。昭和36年(1961)開業時からの古びた待合室もいい、ただし昼から15時台まで列車が来ない絶望的なダイヤ、でも徒歩圏内に米沢ラーメン(縮れ麺に醤油味)の店がある。

十二橋駅・JR鹿島線

稲穂の海と十二橋駅
十二橋駅のホーム

なぜここに駅があるのか? と思う駅がある、十二橋駅がまさにそんな駅だ。駅名にもなっている「十二橋」は水郷潮来にあって、細い掘割に小さな橋が連続してかかる観光名所のこと。しかし十二橋駅はそんな箱庭的風情とはかけ離れた巨大水田のなかに、どかんと高架駅が建っている。駅前に消防署があるものの360度コメコメコメの世界が展開、屋根すらないホームに立つと駅そのものが田んぼの海を進む航空母艦のようだ。ここをみる限りニッポンの食糧事情は安心だ!、写真を撮っても田んぼと空しか写らないぞ。しかし、この駅を降りてどこに行けばいいのだろうか。

文・写真/杉﨑行恭
乗り物ジャンルのフォトライターとして時刻表や旅行雑誌を中心に活動。『百駅停車』(新潮社)『絶滅危惧駅舎』(二見書房)『異形のステーション』(交通新聞社)など駅関連の著作多数。

 

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