『ビッグコミックオリジナル』創刊当時から連載が続く、『三丁目の夕日』とはいかなる作品なのか。
著者 西岸良平(さいがんりょうへい)さん
(漫画家・76歳)
『三丁目の夕日』(西岸良平)が『ビッグコミックオリジナル』で連載50年
昭和30年代の東京・下町の風物を情感豊かに描く『三丁目の夕日』(西岸良平)が『ビッグコミックオリジナル』で連載を始めてから50年を迎えた。それを記念し、1000作を超える作品から夏が舞台の名作15話を一冊にまとめたのが今号の別冊付録だ。かくも長く続く理由を、マンガ・コラムニストの夏目房之介さんはこう考える。
「『三丁目の夕日』が描く世界は、東京生まれの西岸さんが子ども時代に見聞きした“ご町内”の原風景をなぞるように描いたように見えます。ですが、連載が始まった昭和40年代後半には、作品に描かれるようなご近所がつながる共同体の世界は失われつつありました。つましい暮らしのなかで、共通の情感と信頼で結ばれた、かつてあっただろう『三丁目夕日町』。それは作者により理想化されたファンタジーのなかに生き続けることになりました。激動の高度経済成長がひと段落し、人々が“豊かさ”についてふと足元を見直し始めた頃、共同体の暮らしが息づく近過去を“再発見”させてくれたのがこの作品でした」
連載が始まって以降、郷愁の風物は下町の路地裏からも一掃されていった。作品のなかで回顧される風景がいっそう輝きを帯び、人々の共感を誘うことになったのも必然だった。
作者の西岸良平さんも、連載を開始した当時をふり返り、同誌掲載のコラムでこう語っている。
《実は、10年くらいしか経っていない『昔』なんだよね。でも既に懐かしかったというのは、あの頃は古いものが驚くほどの勢いでなくなって行く時代だったから。日用品が変わる、汽車もなくなる……》(「オレとオリジナル」より)
蚊帳、風鈴、夏の行水、防火水槽……。季節を彩った日常の風物やちゃぶ台などの日用品、包丁研ぎや畳直しといった風習が便利さとひきかえに姿を消していった。当たり前すぎて顧みられることなく、気がつけば一変していた日常の暮らしを、西岸さんは愛惜を込めて漫画の中に生かし続けた。
前出の夏目さんもこう述懐する。
「裸電球の木賃アパートのつましい暮らしや、ハエやゴミの匂いに悩まされたり、母子家庭や結核などの貧しさに由来する不幸がさりげなく描かれたり、作者は豊かになった世の中で見えづらくなった負の面もしっかり描き込んでいます。そんな細部にわたる表現があってこそ、『三丁目』に訪れる黄昏時が見せる、明るく美しい夕景=ファンタジーが実感を伴う癒やしを与えてくれるのです。
その意味で、少し前の時代にあったかもしれない暮らしと共感の小世界を描く『三丁目の夕日』は“大人の童話”として、日常に疲れた読者の渇いた心を癒してくれるのではないでしょうか。それこそが息の長い連載になった最大の理由といえます。今のようなAIの時代だからこそ、いっそう必要とされる心の清涼剤であり続けていくことでしょう」
別冊付録に収録した作品は、あの時代の思い出とともに、人生の機微をも描いている。
解説 夏目房之介(なつめふさのすけ)さん
(マンガ・コラムニスト、73歳)
コミックス『三丁目の夕日』
視覚効果を駆使して昭和30年代の街並みを見事に再現
大ヒット映画『ALWAYS 三丁目の夕日』
漫画を原作とし、平成17年に実写映画化されて大ヒット。令和の現在も続く“昭和レトロ”ブームを巻き起こした。平成19年に続編『ALWAYS 続・三丁目の夕日』、平成24年に3作目の『ALWAYS 三丁目の夕日’64 』が公開された。
取材・文/山田英生
※この記事は『サライ』本誌2024年7月号より転載しました。