文・取材/山内貴範

秋田県出身で、戦後を代表する舞踏家の一人、土方巽(ひじかた・たつみ)。昭和40年、写真家の細江英公とともに秋田県南部に位置する羽後町の山村・田代を訪れた土方は、2日間滞在し、住民と触れあい、時には驚かしたりしながら、村を舞台に撮影を行った。

その後、この田代村での記録がのちに傑作写真集「鎌鼬(かまいたち)」として結実した。鎌鼬とは、旋風に乗って現れ、瞬時に去っていく妖怪の名。土方たちは、突然村を訪れた自分たちを鎌鼬に例えたのだろう。

そんな傑作の舞台となった地・秋田県羽後町田代に、土方の没後30周年に当たる平成28年10月、「鎌鼬美術館」が開館した。館内には土方の写真パネル約10点や「鎌鼬」の初版本など、貴重な品物が並ぶ。

「昭和40年、土方は『田代村に行く』と書き残して、東京から電車に乗り、湯沢駅から田代までタクシーでやってきたそうです」と話すのは、NPO法人「鎌鼬の会」の副理事長で、地元で酒屋を経営する菅原弘助さん(66)。美術館を設立しようと有志が集まって立ち上げたNPO法人のメンバーだ。

「土方と出会い、写真の被写体になった人たちには、健在の方もいます。当時のことを鮮明に覚えておられる方も多く、”奇妙な人たちが来た”と、一様にびっくりされたそうです」(菅原さん)

美術館がおかれているのは、参議院議員も務めた村一番の名士・長谷山行毅氏の自宅だった豪壮な歴史的建造物「旧長谷山邸」だ。「旧長谷山邸」は明治15年に完成した主屋と、明治35年に完成した三重楼で構成される。こちらの建物も、実に見ごたえがある。

「『鎌鼬』には長谷山邸の中で撮影された写真もありますし、土方たちがタクシーで上ってきたときに使った七曲峠は、麓から長谷山邸まで通じる道として整備されたものです」と、菅原さん。

「鎌鼬美術館」がある三重楼は、城の天守閣のような造りで、四階建てに見える奇妙な意匠の建物。まさに雛には稀なる奇想建築といえよう。

ここ田代周辺には、茅葺き民家をはじめ、日本の原風景がそのまま残る。それは、土方と細江が見たであろう、約52年前の光景そのものである。もし土方巽の縁を訪ねて行かれるなら、地元の民宿に滞在し、田園風景の中を散策してみてはいかがだろう。

【鎌鼬美術館】
所在地:秋田県雄勝郡羽後町田代梺67-3
電話:0183-62-4623(鎌鼬の会事務局)
営業:10時~16時30分(土・日曜、祝日のみ開館)
休み:月~金曜(祝日は開館)、11月後半~4月まで冬季休業あり。
アクセス:JR湯沢駅からタクシーで約30分。

美術館の前にある民宿「格山」では、築120年の茅葺き民家を一棟貸ししている。一泊して、土方と細江が歩いた風景を堪能するのも一興。

【かやぶき山荘 格山】
所在地:秋田県雄勝郡羽後町田代字梺61
電話:0183-62-5009
営業:チェックイン15時、チェックアウト11時
料金:1棟貸しで、1泊素泊まり13,000円~。夕食は2,300円、朝食は800円で別途追加可能。
アクセス:JR湯沢駅からタクシーで約30分。
http://kakuzan.ugotown.com/

文・取材/山内貴範
昭和60年(1985)、秋田県羽後町出身のライター。「サライ」では旅行、建築、鉄道、仏像などの取材を担当。切手、古銭、機械式腕時計などの収集家でもある。

 

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