■マーキングは、猫の「身分証明書」
そもそも、マーキングは「印をつける」ことを意味します。「身分証明書を貼り付ける」ことといえるかもしれません。猫のマーキングの最もポピュラーな行動は、おしっこをかけること。おしっこにはその猫の特徴を伝えるいろいろなフェロモンが含まれています。
フェロモンには、例えば「ぼく、雄猫、キジトラ4歳、体が大きくて、ただ今彼女募集中」といった情報が入っていたります。この情報を残してその猫が立ち去った後、他の猫がきて、くんくんと臭いをかいで、情報を読み取ります。後で来たのが雌猫であれば「あら、いい男、しばらく待っていたらまたここに来るかしら?」と思うかもしれませんし、「4歳か、私にはちょっと若すぎるわね」と立ち去ってしまうかもしれません。後で来たのが雄猫であれば、「お、食いしん坊のあいつが来たってことは、もうここには餌はないな」とか「なかなか手強そうだな、喧嘩したくないな」と読み取って、去っていくかもしれません。猫はそうやって、おしっこに含まれるフェロモンから互いの情報を読み取り、デートの約束をとりつけたり、気が合わない相手なら避けるようにして喧嘩を回避したりするのです。
こうしたマーキングは、動かない対象物に対して行なうのが基本です。せっかくマーキングした物が動いてしまっては、自分の情報を他の猫たちに伝えることができなくなってしまうので、意味がありません。ですから、あちこち動き回る人間に対するすりすり行為は、マーキングではないだろう、といえるのです。あくまで、挨拶の一環として、好きな相手に行なうコミュニケーション手段というわけです。
■自分を安心・納得させるための「安寧フェロモン」
猫の顔の髭の生えているぷっくりとした部分をマズルといいます。そこから分泌されるフェロモンを、フェイシャルフェロモンと呼びます。猫のすりすり行動では、顔をこすりつける場合は、このフェイシャルフェロモンも併せてなすりつけていることになりますが、これはマーキングとして相手に何か伝えるというよりも、安寧フェロモンといわれており、自分自身が安心、納得するためにこすりつけているようです。「ここは僕の家だよね」「これは私の寝床だよね」「この人は私の友達だよね」と、自分自身にいい聞かせて安心しているのです。
こうした猫の習性を利用したスプレー状の商品もあります。引っ越した先で早く猫が新居に慣れるよう部屋のあちこちに猫にしかかぐことのできない猫の臭いをスプレーで吹きつけるのですが、その商品の出す臭いと愛猫のフェイシャルフェロモンの臭いが必ずしも一致するわけではありません。スプレーをした場所に「これ、僕の臭いじゃないみたい」とでもいわんばかりに、わざとおしっこをあちこちにスプレーしてしまうケースもあるとききますので注意が必要でしょう。
入交眞巳(いりまじり・まみ)
日本獣医畜産大学(現・日本獣医生命科学大学)卒業後、米国に学び、ジョージア大学付属獣医教育病院獣医行動科レジデント課程を修了。日本ではただひとり、アメリカ獣医行動学専門医の資格を持つ。北里大学獣医学部講師を経て、現在は日本獣医生命科学大学獣医学部で講師を勤める傍ら、同動物医療センターの行動診療科で診察をしている。
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