文/晏生莉衣
「今年のアメリカ流行語トップ10」どれだけわかりますか? 米語辞典から学ぶ新しい英語(5)【世界が変わる異文化理解レッスン 基礎編36】世界中から多くの人々が訪れるTOKYO2020の開催が近づいてきました。楽しく有意義な国際交流が行われるよう願いを込めて、英語のトピックスや国際教養のエッセンスを紹介します。

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レッスン30で紹介したノンバイナリーな代名詞「単数形のthey」が、メリアム・ウェブスター辞典(The Merriam-Webster Dictionary)の2019年の「今年のワード」に選ばれました。その新たな語義と用法については同レッスンで詳しく解説してありますので、今回は同時に発表された「今年の流行語トップ10」をまとめて紹介しましょう。メリアム・ウェブスター辞典はアメリカで権威のある米語辞典ですので(レッスン33参照)、選ばれたものは基本的にアメリカの流行語だとご理解頂いた上で、いくつ意味がわかるかチャレンジされてみてはいかがでしょうか。流行語の下に*印がついた文章がある場合、「」内は同辞書による定義です。

【第10位】Exculpate

*「申し立てられた過失や罪を晴らす」
わかりやすく言えば、「無罪を証明する」「身の潔白を証明する」という意味ですが、トランプ大統領のいわゆる「ロシア疑惑」を捜査したロバート・モラー特別検察官が、「疑いをかけられている行為について、大統領の無罪は証明されなかった」という議会証言でこの単語を使うと、メリアム・ウェブスター社のオンライン辞典の検索数が一気に2万3千パーセントも上昇しました。

【第9位】Camp

*「こっけいなほど誇張され、ハイカルチャーやポピュラーカルチャーの要素をしばしば融合させる個人あるいは創造的表現のスタイルやモード」又は「驚くほどに人工的、不自然、不適切、あるいは時代遅れなゆえに愉快だと思われるもの」
発音は野外レジャーのキャンプと同じですが、こちらはファッションなどの流行に関する用語です。ニューヨークのメトロポリタン美術館が開催した “Camp: Notes on Fashion”(「キャンプ:ファッションについてのノート」)という展覧会で注目が集まりました。このイヴェントのテーマ “Camp”は、90年代後半にアメリカのオピニオンリーダーとして活躍したスーザン・ソンタグさんが1964年に書いた“Notes on Camp”(「キャンプについてのノート」)というエッセイがもとになっていて、5月にこのイヴェントがオープンすると、この単語の検索数が5千800パーセント上昇しました。

【第8位】Tergiversation

*「率直な行動や明白な発言を回避すること」又は「主義、役職、所属する団体、信仰の放棄」
簡単に言うと、前者の定義は「言い逃れ」、後者は「変節」という意味になります。政治評論家でワシントン・ポスト紙コラムニストのジョージ・ウィルさんが記事の中で使用した際、検索数は3万9千パーセント上昇しました。

【第7位】Snitty

*「不愉快なほどに短気な」
一言でいうと、「不機嫌な」という意味の話し言葉です。第10位に出てきたモラー特別検察官から送られた手紙について、受け取ったウィリアム・バー司法長官が“a bit snitty” と述べたことで注目されました。a bitは「少々」「いささか」という意味ですので、「モラー特別検察官は『少々いらついて』書いたようだ」という意図の発言だったのでしょう。同辞書では、「この単語の由来は不明だが、いらだち、癇癪(かんしゃく)という意味の名詞snitと関連しているようだ」と解説しています。この発言がされると、検索数は一気に15万パーセントもアップしました。

【第6位】The

「その」「この」「あの」という意味で使われる定冠詞のthe。英語の基本を成すこの冠詞がなぜランキング入りしたのかというと、オハイオ州立大学が この “the” の商標登録を出願したというニュースが伝えらえたことによります。同大学の正式名称はThe Ohio State Universityで、Theが大学名の構成要素であることを確固なものとするために行ったそうですが、出願は米国特許商標庁によって却下されました。theは特定の人や組織が独占すべきものではないので当然の結果と言えますが、出願のニュースに驚いた人が多かったのか、theには特別な定義があったのか?と謎に思った人が多かったのか、検索数は500パーセント上昇したそうです。

【第5位】Clemency

*「(刑罰のような)厳格な罰を軽減する意欲あるいは能力」「慈悲、思いやり、許しの行為あるいは実例」
16歳で人身売買の被害に遭い、買春客の男を殺害して終身刑の判決を受け服役中の女性に対して、今年1月、テネシー州知事が15年の服役に減刑するという恩赦を与えました。clemencyと言われる恩赦で、この出来事が起こると単語の検索率が9千900パーセント上昇しました。女性はすでに15年近く服役していたので、8月に仮釈放されました。

【第4位】Egregious

*「著しくひどい」
2018年10月と2019年3月、2度の墜落事故を起こし、合わせて346人が死亡したボーイング社の旅客機「737MAX」を巡り、同社のパイロットが同機についてこの言葉を使って語ったことから、検索数が450パーセント上昇しました。

【第3位】Crawdad

日本にもいる「ザリガニ」のことです。アメリカにも生息し、英語ではcrawfishや crayfishが一般的で、メリアム・ウェブスター辞典によると、crawdadはニューヨーク州からミシシッピ州にわたるアパラチア地方の西部で主に使われている方言だということです。この赤いアメリカザリガニがランキング上位に入った理由は、動物学者のダリア・オーウェンズさんが初めて書いた「Where the Crawdads Sing 」(ザリガニが鳴く場所で)という小説です。今年、全米でベストセラーになり、人気の高い朝のテレビ番組で著者がインタヴューされると、検索数が1200パーセント上昇しました。

【第2位】Impeach

*「罪や過失を告発する」「疑いをかける」
より限定的には、前者は「(公職者を)業務上の不正行為で管轄裁判所に告訴する」、後者は「~の信憑性や正当性に疑問を投げかける」と定義でき、これらを含めて様々な語義があるとしています。一言で言えば「弾劾する」ということです。トランプ大統領の弾劾の可能性はアメリカの政治的関心事としてかねてから取り上げられてきましたが、民主党のナンシー・ペロシ下院議長が9月に弾劾調査の開始を発表すると、検索数は3千600パーセント上昇しました。「免職する」「罷免する」という意味にとられがちですが、罷免に向けた1つのステップであって、罷免そのものを指しているわけではありません。

【第1位】Quid pro quo

*「なにかのために与えられた、あるいは受け取ったなにか」「quid pro quoが手配された取引」
ちょっとわかりにくい定義ですが、ラテン語のフレーズです。文字通り訳すと「なにかのためのなにか」(“something for something”)という意味になりますが、「交換条件」「対価」「報酬」「代償」などのことです。トランプ大統領がウクライナの大統領に、援助提供の代わりに政敵に不利になるような調査を依頼したとして、この語句がメディア報道で飛び交うと、検索数は5千500パーセント急増し、それ以後もたびたび高い数字を記録、前年比で644パーセント上昇しました。

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以上、メリアム・ウェブスター辞典が発表した今年のアメリカ流行語トップ10でした。「ほとんど知らないものばかりだった……」という方は、あまりがっかりされなくても大丈夫です。選ぶ基準のひとつがオンライン辞書検索数の増加となっているようですので、ランキングには単に流行したというだけでなく、アメリカ人でも意味を確かめたくなるような聞き慣れない言葉や難解な語句が多く含まれているということでしょう。ですから、日本人にとってはよけいにむずかしくても当然です。アメリカの政治問題に関連する語句が多いのは、それだけ今年のアメリカ政治は大荒れだったということなのかもしれません。

文・晏生莉衣(Marii Anjo)
教育学博士。20年以上にわたり、海外で研究調査や国際協力活動に従事。国際教育に関するアドバイザリー、途上国支援や平和構築関連の研究を行っている。著書に『他国防衛ミッション』(大学教育出版)。

 

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