文/晏生莉衣
ペインポイント、ディープステート、スティンガー? 米語辞典から学ぶ新しい英語(3)【世界が変わる異文化理解レッスン 基礎編32】世界中から多くの人々が訪れるTOKYO2020の開催が近づいてきました。楽しく有意義な国際交流が行われるよう願いを込めて、英語のトピックスや国際教養のエッセンスを紹介します。

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権威あるアメリカの辞典「メリアム・ウェブスター辞典」にtheyの新たな語義が加えられたことをレッスン30で紹介しましたが、その他にも難解な専門用語からカジュアルな表現まで、532の新しい英語が合わせて追加されています。今回はその中からいくつか選んで紹介しましょう。カッコ内は英語の発音を便宜的にカタカナで表記したものです。

<ビジネス、金融>

“pain point”(ペインポイント)

同辞典では「(商品やサービスで)繰り返し起こっては顧客に不便さやいらだちを頻繁に感じさせてしまう問題」と定義されています。直訳すれば「痛みを感じる所」となりますが、転じて上記のような問題をさして、企業が解決すべき課題という意味で使われるようになっています。

“haircut”(ヘアカット)

髪の毛を切るという意味の「ヘアカット」ですが、「担保の価値の減額、削減」という金融用語として新たに加えられました。

これらの新定義は日本の業界でも「ペインポイント」、「ヘアカット」とカタカナで使われており、関連するビジネスをされている方ならご存知の専門用語ですが、日本の辞典にはこれらの意味が加えられているものはまだあまりなく、「pain point」は「痛点」、「haircut」は「散髪」と一般的な訳に留まっているようです。

<政治、社会一般>

“red flag law”(レッドフラッグロー)

「裁判所が(銃器の没収を命じることによって)自己又は他者に対する危険な兆候を表している人々を銃器から遠ざけることを認める法律」と定義されたアメリカの法律です。red flagは文字通り赤旗のことですが、赤旗には危険や警告を伝える信号としての役割があることから、アメリカ社会で多発する銃撃事件を受けて、銃規制対策として成立した法律にこの名称がつきました。銃による犯罪をほのめかす者の家族や同僚などが犯罪防止のために申し立てるケースが主に想定され、多くの州ですでに施行されており、国レベルの法律を求める声も高まっています。日本では「レッドフラッグ法」として時事記事で取り上げられることがあります。

“deep state”(ディープステート)

「選挙で選ばれていない官僚及び時に(金融サービスや軍事産業といった)民間組織が政府の政策に影響を与えて実施に移すために超法規的に動かしていると伝えられている秘密ネットワーク」と定義されています。アメリカのトランプ大統領が「“deep state”が自分を大統領の座から引きずり降ろそうとしている」という陰謀説を繰り返し主張してきていることから広まった言葉ですが、意訳すると「政権深部に潜む闇の政府」というような意味になります。かつてニクソン大統領を辞任に追い込んだウォーターゲート事件で、追及するワシントン・ポスト紙記者に重要な情報をもたらしたとされる政権内部の人物が “Deep Throat” と呼ばれたことを連想させる表現です。

<ポップカルチャー>

“Bechdel test”(ベクデルテスト)

「女性キャラクターの登場と描写をベースに映画などのフィクション作品を評価する一式の評価基準」と定義され、「(1)少なくとも2人の女性が登場する、(2)それらの女性たちが直接会話をする、(3)それらの女性たちが男性以外のことについて話し合う、というのがテストの通常的な基準である」という説明がついています。1985年、アメリカの漫画家アリソン・ベクデルさんが自作の中で登場人物にこのテストのアイディアを語らせたことが始まりで、のちに作者にちなんで「ベクデルテスト」と呼ばれるようになりました。ハリウッド映画の主要登場人物の多くが男性で占められていたり、女性の登場人物についてはステレオタイプな描き方がされていたりするケースが多いという批判が生まれる中、作品にジェンダーバイアスがあるかどうかを評価する基準として欧米の映画界ではよく用いられるようになっています。アイディア誕生から30年以上を経てようやく同辞典に加えられました。

“stinger”(スティンガー)

この単語には、刺すもの、動植物の牙や毒針、痛撃、皮肉、おとり捜査官(スラング)といった意味がある他、米軍の携帯式地対空ミサイルやカクテルの名前としても使われていますが、この度、「映画のクロージングクレジットの途中や後に現れる短いシーンにつけられた呼称」という新しい語義が加えられました。映画の最後に出演者や製作者の名前が表示(ポストクレジット)され始めると席を立つ観客が多いため、見逃したら損とばかりにクレジット中やその終わりにおまけのようなシーンをつけるのが映画製作手法として流行し、こうしたボーナスシーンをstingerと呼ぶようになったことで広がりました。「新作映画のstingerは?」というように、エンターテインメントの話題で使われます。

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数多くのカタカナ英語が日本語に取り入れられていますが、今回ご紹介した「メリアム・ウェブスター辞典」のニューワードのうち、いくつご存知でしたか? 日本でも年末に「今年の流行語」が発表されますが、上記のものは一過性の流行語ではなく、米語としてすでに定着したとアメリカの権威ある辞典が認めたものです。今回だけでも500以上もの新語や語義が仲間入りをしたというのですから、同辞典は、常に変化を続け、その変化を受容するアメリカ社会のあり方を証明する存在と言えるのかもしれません。

文・晏生莉衣(Marii Anjo)
教育学博士。20年以上にわたり、海外で研究調査や国際協力活動に従事。途上国支援や国際教育に関するアドバイザリー、平和構築関連の研究等を行っている。

 

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