和田誠の才能と愛情が注ぎ込まれた作品|『麻雀放浪記』【面白すぎる日本映画 第37回】文・絵/牧野良幸

少し前になるが、イラストレーターの和田誠さんが亡くなった。2019年10月のことだ。

和田誠さんのイラストはシンプルな線描きや落ち着いた色彩が個性的だった。流行に埋もれず、いつ見ても新鮮だったので、作者が歳を重ねていることなど夢にも思わず、訃報には驚いてしまった。改めてご冥福をお祈りします。

和田誠はイラストレーターであると同時にデザイナーでもあった。そして1980年代からは映画監督でもあった。今回取り上げる『麻雀放浪記』が和田誠の初めての監督作品だ。ちなみに脚本も和田誠である(澤井信一郎との連名)。

そもそもは映画好きの和田誠が角川春樹と会った時に、阿佐田哲也の小説「麻雀放浪記」のシナリオを書いてみたい、という話になったのが発端だという。最初は監督までは考えていなかったが、結局自らメガホンを取ることになった。かくして1984年、角川映画から和田誠の第1回監督作品『麻雀放浪記』が公開された。

一般に異業種の人の監督作品は話題性だけで、評価を得ることが少ないけれども、この『麻雀放浪記』は公開時に数々の賞を受賞した。戦後の焼け跡が残る時代の雰囲気を出すため、当時珍しい白黒映画だったことも話題になったと記憶している。

しかし2019年の今観ると、白黒映画である以上にセットの作りとかカメラワーク、場面転換の手法などが、日本映画の黄金時代である1950年代風で、それがビシビシと小気味良く繰り出されてくるのに感嘆してしまう。もちろんそれらは和田誠が原作の世界観を映像化するのに最善の表現方法として選んだ結果だと思うが、昔の日本映画にどっぷりハマっている僕としては楽しくて仕方がない映画だった。

それにしてもいくら映画が好きとはいえ、また絵心があるとは言え、いきなりメガホンをとってここまでの映画を作ってしまうことが信じられない。支えるスタッフの働きも素晴らしかったとは思うが、戦後すぐ、中学生の時から数々の映画を観て血や肉となり、映画言語を咀嚼してきた和田誠だからこそできた映画だと思う。

ストーリーは戦後の焼け跡で生きるバクチ打ち達の物語である。

まだ10代でその道に入ったばかりの主人公“坊や哲”(真田広之)。バクチのためなら仲間もカモにする“ドサ健”(鹿賀丈司)。一見普通のオヤジなのに度胸のある策士“出目徳”(高品格)、そして冷徹な目つきの内に優しさを秘めた“女衒の達”(加藤健一)など、いずれも癖のある男たちであるが、役者が見事に登場人物になりきっている。

真田広之は若手アクションスターの鎧を捨て、幼く従順な青年を演じる。敵を探るような流し目の“ドサ健”、鹿賀丈司も印象的だ。善良なオヤジ役が多かったように思う高品格は、この映画では底の知れない“出目徳”となる。映画の後半は“ドサ健”の鹿賀丈司と“出目徳”の高品格が、役の上でも演技の上でも一騎討ちとなって見応えがあった。

女性では“ドサ健”の一途な恋人に大竹しのぶ。“坊や哲”に麻雀も“女”も教える加賀まりこ。こちらも適役だった。

僕は正月の家族麻雀くらいしかやったことがないので決して強くないが、それでも麻雀は面白いと思う人間だ。だから映画の中で麻雀のシーンを見ると身体の中がムズムズした。“ドサ健”がバシッと牌を叩く時の手首の動きを見ただけで、大学生の時に下宿でやっていた感触が蘇り、もうちょっと学生時代に鍛えておけば良かったなあ、と思ったりした。

しかしその反面「のめり込むと怖いなあ」と思うのもこの映画だ。

アメリカ軍の占領時代の話だから、麻雀の強いアメリカ人も出てくる。“坊や哲”が彼らと卓を囲んでいるシーンや、いかがわしい雀荘で、油断のならないバクチ打ち達と卓を囲っているシーンはとても怖い。雀荘でリーチ後のフリテンに気づいて、生きた心地のしなかったことがある僕ごときがやるレベルではない。

映画にはカモにされている人のいい客も出てくるが(これがまたいい演技)、彼らを気の毒に思うと同時に、自分が麻雀をやってもこうなるのがオチと思うと、あらためて自分がスクリーンの外にいることに安心する。

こう書くと『麻雀放浪記』は麻雀をするシーンがメインの映画のように思われるかもしれないが、全然そんなことはない。これは人間模様を描いた映画である。

和田誠によると、終戦直後は貧しい時代であったが、戦争から解放されて明るかった時代だったと言う。そんな空気感の中で生きる人間を描いたのが本作だ。脇役も含めて、登場人物が全員好きになってしまうのはそのせいかもしれない。

和田誠のイラストが日本人の心にずっと残るように、『麻雀放浪記』も日本映画史に残る名作だと思う。イラストと映画の違いはあれども、和田誠の才能と愛情が注ぎ込まれた作品なのだから。

【今日の面白すぎる日本映画】
『麻雀放浪記』
製作年:1984年
配給:東映
モノクロ/109分
キャスト/真田広之、鹿賀丈史、加藤健一、名古屋章、高品格、加賀まりこ、大竹しのぶ、ほか
スタッフ/原作:阿佐田哲也 監督:和田誠 脚本:和田誠、澤井信一郎 音楽:高桑忠男、石川光

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』『オーディオ小僧のいい音おかわり』(音楽出版社)などがある。ホームページ http://mackie.jp

 

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