文・晏生莉衣
アメリカの大統領選挙がいよいよ迫ってきました。今回は、この大統領選挙について英語でキーワードを紹介しながら、見落とされがちなポイントを取り上げてみましょう。
米大統領選というと、4年に一度、11月の初め頃に行われるものとなんとなく知っているという方が多いと思いますが、大統領選挙の日付については「11月の最初の月曜日の次の火曜日に行われる」ことが法律で定められています。11月1日が火曜日の場合は翌週の月曜日が11月最初の月曜日になりますから、その翌日の火曜日、つまり8日が選挙日となり、これが一番遅いケースです。つまり、大統領選挙は11月2日~8日のうちに行われることになり、今年は11月3日が選挙日になります。これはGeneral Election (ジェネラルエレクション)と呼ばれる有権者による一般投票が行われる日(General Election Day)です。
なぜ、11月の火曜日が投票日?
それにしても、なぜ11月に、そして、なぜ火曜日に投票が行われるのでしょうか。連邦議会によってこの日が投票日と決められたのは1845年のこと。連邦議会に設置されている議会調査局(Congressional Research Service)の解説によると、当時のアメリカは農業が主要産業で、秋の収穫期と冬の厳しい気候を避けて、その合間の11月初旬となったそうです。また、遠隔地から投票をする人たちは投票所までの移動に一日を費やさなければならず、キリスト教徒にとって安息日の日曜日に移動しなければならない事態を避けるために、火曜日を投票日としました。さらに、月始まりの1日に前月分の帳簿整理を行うという当時の商習慣への配慮から、商売の妨げとならないように11月1日が火曜日でも選挙日としないよう、「最初の月曜日の次の火曜日」としたということです。(注)
しかし、今年はCOVID-19(新型コロナウイルス)感染拡大の影響で、郵便投票や期日前投票が広く呼びかけられてきたこともあって、選挙当日の開票速報に支持者たちが盛り上がる中で一気に勝者が決まるという恒例の大統領選挙とはだいぶ異なる様相を呈することが予想されています。選挙当日以降の一定期間に郵送される票を有効とする州もあり、正確な集計作業には通常より時間がかかるため、今年は「Election Day(選挙投開票日)ではなく、voting season(選挙の季節)だ」というように伝える米国メディアもあります。
大統領選2020はここに注目
では、ここからは、アメリカの大統領選をよりよく知るために、いくつかキーワードを英語であげてみましょう。
■ Elector(エレクター)
ほとんどの国民はながめているだけの日本の内閣総理大臣指名選挙とは違い、アメリカの大統領選挙は選挙運動から大変多くの有権者が参加し、有権者は選挙日に実際に投票を行いますから、一見、直接選挙のように見えます。しかし、有権者は大統領候補・副大統領候補に投票しているのではなく、各州に割り当てられたelector - 日本語で「選挙人」と言われている人たちを獲得するために投票しています。このelectorこそが大統領・副大統領候補を選ぶ投票権を持っており、有権者の一般投票によって選ばれた各州のelectorたちが、後日、いずれかの大統領・副大統領候補に投票し、正式に大統領と副大統領が選出されることになります。形式的には直接選挙のようで間接選挙になっているのですね。
このようにかなり込み入った仕組みですが、日本でも関心の高まりとともに解説されることが多くなってきましたから、「選挙人」という用語も耳慣れたものになってきているのではないでしょうか。electorたちが構成するelectoral college(エレクトラルカレッジ、日本語では「選挙人団」)による投票で選出されることから、アメリカ大統領選挙のこうした制度はelectoral college systemと言われています。
■ Winner-take-all-system(ウィナー・テイク・オール・システム)
electorは全米で538人です。当選するにはこの過半数の270人以上のelectorを獲得しなければなりません。人口の多い州には多くのelectorが配分されていますが、各州で最大票数を得た候補がその州の持つelectorの人数分をすべて獲得するwinner-take-all-systemという、いわゆる「勝者総取り方式」が、メイン州とネブラスカ州を除いたすべての州と首都ワシントンD.C.(コロンビア特別区)で採用されています。僅差であっても一位になればその州のelectorの数を全部獲得できるので、多くのelectorを持つ州でどの候補が勝つかが最終的な勝敗のカギを握ることになります。
■ Blue state(ブルーステート)とred state(レッドステート)
最大数のelectorを持つのはカリフォルニア州で55人、続いてテキサス州が38人、ニューヨーク州とフロリダ州がそれぞれ29人、イリノイ州とペンシルヴェニア州がそれぞれ20人、オハイオ州18人、ジョージア州とミシガン州がそれぞれ16人、ノースカロライナ州15人、ニュージャージー州14人などです。
カリフォルニア州は時差の関係から最後のほうに投票結果がわかる大票田ですが、伝統的に民主党支持者が圧倒的に多い州ですので、結果を待たずとも55人のelectorをすべて民主党が獲得する予想となるのが常です。このように民主党が強い州は民主党のシンボルカラーのブルーをとってblue state、共和党が強い州は共和党のシンボルカラーの赤をとってred stateと呼ばれています。上記の州のうち、カリフォルニア州、ニューヨーク州、イリノイ州、ニュージャージー州はblue states、テキサス州はred stateです。これらの州ではそれぞれの党の基盤が強固で安定しているので、青と赤が入れ替わることはほぼないと予想されます。
■ Swing state(スウィングステート)、battleground state(バトルグラウンドステート)
それに対して、北東部のペンシルヴェニア州やミシガン州は過去にはblue stateとして民主党が連勝していたものの、前回の2016年の大統領選ではいずれも共和党が勝利しました。
そこで前回注目されたのが、ブルーからレッドへと変わったこの2州を含むrust belt(ラストベルト)と呼ばれる地域の勝敗です。rustは金属のさびのことで、rust beltは「さびついた重工業地帯」というような意味で使われています。鉄鋼業など斜陽化した産業に従事する白人労働者の人口が多い地域のため、“Make America great again.”(偉大なアメリカを取り戻す)というスローガンを繰り返したトランプ候補を支持する人たちが急増し、共和党がラストベルト票を集めました。このラストベルトで伝統的にblue statesだった州で予期せぬ敗戦が続いたことが、民主党にとっては大打撃となったのです。
このように、どちらの政党を支持するかで揺れる州のことをswing stateと呼んでいます。一方、共和党が連勝してきたred stateのジョージア州やノースカロライナ州では、今回は民主党が優勢と伝えられており、レッドからブルーへと揺れています。swing statesは今回も接戦となることが予想されるため、battleground states(激戦州)とも言われます。
オハイオ州やフロリダ州も注目の激戦州ですが、上記のswing statesとは違い、どの政党が勝つかわからないというのが特徴です。2州の過去の結果を見ると、民主党のビル・クリントン氏が勝利したあとには共和党のジョージ・W・ブッシュ氏が勝ち、その次は民主党のオバマ氏、そして前回は共和党のトランプ氏が勝利しています。
■ Popular votes(ポピュラーヴォーツ)とelectoral votes(エレクトラルヴォーツ)
ここで言う「各州での勝敗」は、popular votesという有権者による一般投票数で決まります。しかし、「大統領選挙の勝敗」は、これまで説明したように、538人のelectoral college(選挙人団)による投票で決まります。これをelectoral votingと言いますが、今回は12月14日に行われ、この投票数(electoral votes)が270以上となった候補が正式に当選者となります。「12月まで待つなら、選挙当日の一喜一憂の大騒ぎはナニ?」と思われるかもしれませんが、制度上はこのようになるものの、実際には、11月の一般投票の結果、全米で選挙人総数の過半数となる270人以上の選挙人を獲得した候補者が大統領選の勝者となるということだと思ってほぼ間違いありません。わかりにくいですが、次の項目で関連する事柄を取り上げていますので、そちらもご参照ください。
ただ、こうしたシステム上、アメリカの大統領選は一般投票の得票数だけでは勝敗はつかないため、事態がこじれることがあります。一般投票の獲得総数が全米で上回っても、対立候補がより多くの選挙人数を獲得した場合、対立候補が勝者となり、次の大統領となってしまうのです。事実、前回の大統領選では、一般投票の得票数では民主党のヒラリー・クリントン候補が共和党のドナルド・トランプ候補より280万票以上も上回りながら、選挙人の数ではトランプ候補が308人を獲得して当選しました。2000年の大統領選挙では、同じく民主党のアル・ゴア候補が、一般投票の得票数では対立候補のブッシュ候補を55万票近く上回る差をつけてトップに立ったものの、フロリダ州の開票をめぐって連邦最高裁に持ち込まれるまでもつれ、最終的に、対立候補のブッシュ候補が当選ラインを1人だけ上回る271人の選挙人を獲得して当選が決定しました。
このように、有権者の総意どおりに大統領が選出されているのかという、民主主義にとっては根本的な疑問がつきまとう大統領選挙のシステムについては、たびたび、見直しについての議論が行われています。
■ Faithless elector(フェイスレスエレクター)
現行の大統領選挙で重要な役割を果たすelector(選挙人)ですが、electorは各州の政党や独立候補によってそれぞれ選ばれ、事前に「○○候補に投票する」と誓約しています。民主党によって選ばれたelectorは民主党候補に、共和党によって選ばれたelectorは共和党候補に投票することが当然の前提です。有権者に配られる投票用紙に書かれているのはこうしたelectorの名前ではなく、大統領候補・副大統領候補の名前なので、一般の有権者は実質的には大統領・副大統領を選んでいるのと同様ですが、制度上、「自分が大統領になってほしいと思う候補(に投票すると誓約している選挙人)」を選ぶというカッコつきのような投票をすることになります。
しかしながら、選挙人が事前の誓約を守らず、誓約したのとは別の人に投票するというトラブルが起こることがあります。こうした選挙人はfaithless elector(不誠実な選挙人)と呼ばれ、前回の選挙では少なくとも7人のfaithless electorsが確認されています。ヒラリー・クリントン候補に投票するはずの選挙人が大統領選に残らなかった候補のバーニー・サンダース氏に投票し、トランプ候補に投票するはずの選挙人が大統領選挙とは無関係の共和党知事に投票するなどといったイレギュラーなケースが報告されたのです。
今年7月、連邦最高裁は、こうしたfaithless electorの行為について州が罰則を設けることができるとし、electorが誓約どおりに投票することを義務づける権限を州に認める判決を出しました。こうしたこともあって、faithless electorによる混乱が生じる可能性は減ったとされる一方で、なにが起こるかわからないのが今回の選挙だという見方もあります。faithless electorの出現で選挙結果が左右されるという事態に至ったことはこれまでありませんが、今回の大統領選でもこうした「造反者」を注視する必要があるだろうと指摘されています。
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すでにヒートアップした戦いが繰り広げられている今年の大統領選挙ですが、これらのキーワードに注目すると、選挙の勝敗の行方をより興味深くウォッチできるようになるでしょう。また、今では、日本にいてもPCやスマートフォンで米メディアによる選挙当日の開票速報をライブで見ることができますが、英語でキーワードを覚えておけば、それらのワードだけでも耳でキャッチしやすくなります。英語学習中の方は、ぜひ、トライしてみてください。
注:引用文献
Congressional Research Service Report R46413, “Election Day: Frequently Asked Questions” by Ben Leubsdorf (June 12, 2020).
文・晏生莉衣(Marii Anjo)
教育学博士。20年以上にわたり、海外研究調査や国際協力活動に従事。平和構築関連の研究や国際交流・異文化理解に関するコンサルタントを行っている。近著に国際貢献を考える『他国防衛ミッション』(大学教育出版)。